←BACKanthology2 TOPNEXT→

&-05:悪友と贈り物


 「ええ! 藤井さん、来られないの!?」
 情けない顔をする和臣の横で、奈々美の笑顔が僅かに引きつった。
 ああ、相変わらず、バカな奴―――呆れる一同の中、空気の読めない和臣は、酷く落胆した顔を妻の前で堂々と晒しまくった。
 「なんでだよー。オレ、久々に会えると思って、すっごく楽しみにしてたのにー。つまんないなぁ」
 「…お前一体、何しにここ来たんだ」
 久保田の冷ややかな声に、和臣はケロリとした顔で答えた。
 「勿論、新築祝いですよ?」
 「それは口実で、単に藤井さんに会いたかっただけなんじゃないのか? ああ?」
 「やだなぁ、そんなことないですよ」
 「本当だろうな」
 「ちゃんと、成田にも会いたかったですよ」
 「……」

 新築祝いである。
 久々に同僚5人が顔を揃えている現場は、このほど完成したばかりの久保田隼雄・佳那子夫妻の新居。そのお祝いに駆けつけたのは、瑞樹、和臣、奈々美と、神崎夫妻の愛娘である。
 本当は蕾夏も来る予定をしていたのだが、取材予定が突然変更になってしまい、やむなく欠席とあいなった。蕾夏と会うのは久保田らの結婚式以来となる筈だった和臣にとっては、おおいに期待外れといったところだろう。

 「ま、まあ、立ち話も何だから、さっそく入っちゃって」
 それぞれの意味でそれぞれに憮然とする久保田と瑞樹を気遣って、佳那子はそう言い、玄関の扉を開いた。それを受けて、奈々美も大きく頷いた。
 「そうよ。こんな寒空の下で立ち話してたら、愛華にもよくないじゃない」
 愛華の名を出され、和臣がうっ、と言葉に詰まり、慌てて腕に抱いた娘の顔を覗き込んだ。
 「あ、愛華ちゃんっ、大丈夫かなー?」
 「……」
 が、しかし、1歳になったばかりの愛華は、大好きなパパの顔を全然みていなかった。
 何故か、和臣の正面に立つ瑞樹の顔を、珍しい生物でも目撃したような興味津々の目で、じーっと見つめていたのだった。

***

 久保田と佳那子が結婚したのは、今から半年前である。
 別に若いうちは借家でいいよ、と2人は考えていたのだが、佳那子の父が文句をつけた。
 『住む家も準備できないような甲斐性無しな男に、娘を渡せるか! 結婚するなら、自力で家を建てて、どうぞお住み下さいと言うのが筋だっ!!』
 じゃあお前は他界した妻を迎えるに当たってそうしたのか、と突っ込みたかったが(ちなみに佐々木家のスタートは1DKのアパートからである)、ここでへそを曲げて婚約解消なんてことになってはたまらない。仕方なく新居探しを始めた。
 しかし、結構こだわり派の2人だ。いざ家探しを始めると、双方が納得する家というのが、なかなか見つからない。散々捜し歩いた結果、久保田も佳那子も「ここなら」と頷いたのは、結婚式から半年経たないと完成しない、現在建築途中の分譲住宅だった。
 『私も久保田も、この家じゃなきゃ嫌だから。完成までは、どっかのアパートでも借りるわよ。それでいいわね?』
 念を押す娘に、佳那子の父も「まぁ、よかろう」と折れたのだが―――今度は、ご老体が出場ってきた。
 『たった半年のために、敷金礼金を払うなんて、無駄じゃろうが。うちには部屋がいーっぱい余っとるんじゃ。うちに住めばいい』
 冗談じゃない、と2人は激しく抵抗したのだが、ある日2人が帰宅すると、それぞれの部屋の家財道具が忽然と姿を消していた、という事件が勃発。そう、久保田翁と佳那子の父が手を組み、強制的に荷物を久保田邸に運んでしまったのだ。
 かくして、2人は婚約時代後半から新婚生活6カ月を、久保田善次郎方で過ごす羽目になった。そしてついに、待望のマイホームが完成し、1週間前に無事引っ越してきた、という訳だ。

 「相変わらず愉快な生活送ってんな、あんたたちも」
 居間に通された瑞樹が、久保田を流し見て、ふ、と笑う。ムッとしたように眉を顰めた久保田は、
 「俺たちが愉快な訳じゃねーぞ。一部の爺さんと中年が愉快なだけだ」
 と自爆的反論をした。当然、それを聞いていた周囲は全員、一部の爺さんと中年に今も弄ばれ続けているんだな、と密かに同情する訳だが。
 「ねぇ、このインテリアは、佳那子たちが決めたの? それともお父さんやおじいさんの押し付け?」
 和臣に愛華を渡して身軽になった奈々美が、リビングのあちこちをしげしげと眺めながら訊ねる。人数分のコーヒーをトレーに乗せてやってきた佳那子は、奈々美がじっと見ているカップボードをチラリと見て、少し口元をほころばせた。
 「そんなとこまで、親たちに口出しさせないわよ。私たちで決めたの。いいでしょ、そのカップボード」
 「ああ、やっぱり佳那子たちの趣味なのね。そんな気がした」
 「? どうして?」
 「だってこれ、いい木材使った高級家具でしょ。どっしりしてて飽きもこないデザインで、手入れすれば一生使える家具、って感じよ」
 「……」
 そのとおり。これは、さる一流メーカー製の、かなり値段の張るカップボードである。そして、2人がこれに決めた理由は、「いい素材を使っているし飽きもこない、長年使える家具だから」だ。あまりに的確すぎる指摘に、佳那子だけではなく、久保田まで幾分顔を赤らめてしまった。
 実際のところ、居間に限らず、久保田家のインテリアは大体こんな感じで、とてもじゃないが新婚家庭には見えない。最低でも子供は大学生か社会人、貯蓄にも余裕のある50代の家庭、と言った方がしっくりくる。ハートマークが飛び交っていそうな、カントリー調なインテリアだった神崎夫妻邸とは大違いだ。
 「2人揃って渋いですよねぇ、久保田さんとこって。さすが、目先じゃなく10年後20年後を考えて日々生きてるだけのことはあるよなぁ」
 「…いや、別に、そんなに先々考えてばっかりいる訳でもないぞ」
 和臣の感心したような声に、久保田はコホンと咳払いをして、一応反論した。
 「物事には、じっくり先を見据えてかかるべきことと、後先考えるよりまず行動すべきこと、両方あるだろうが。俺は、人より早めに先のことをあれこれ考えちまったから、今はあんまり考える必要がなくなった気がするぞ」
 「人より早め、って、何歳くらいで?」
 「まあ…中学生くらいか? じじいが“後継者、後継者”って騒いでたから、とにかく政治家にだけはならねーぞ、っていう反発心から、色々あーだこーだと考えてたよなぁ…」
 「ふーん…やっぱり、おじいさんの存在が大きいんだなぁ、久保田さんて」
 結局、俺様な祖父のところに話が落ち着いてしまう。がくっとうな垂れた久保田は、もう全ての反論を諦めた。

 和臣と奈々美用にケーキが、それ以外の3人用にミックスナッツの類が用意されたところで、その話題は一旦終わったのだが、
 「あ、そうだ」
 ふと何かを思い出した様子の瑞樹が、コーヒーカップを置き、デイパックの中をごそごそと漁りだした。そして、中から宅急便60サイズ相当の箱を取り出し、無表情に久保田と佳那子の前に差し出した。
 「これ、俺と蕾夏から、新築祝い」
 「えっ、ほんとか!」
 「そんな、気を遣わなくてもいいのに」
 まさか、悪魔コンビから新築祝いなんて常識的なシロモノが贈られるとは思ってもみなかった久保田と佳那子は、驚いた顔をした。
 ほい、と久保田の手に渡された箱は、意外に重く、包装紙も店舗のものではなかった。ラッピング用に市販されているものを購入して、蕾夏が自分で包装したのだろう(瑞樹の可能性もあるが、この男がちまちまと箱を包んでいる姿を、2人とも想像できなかった)。
 「中身は何だ? 食器っぽい重さだけど…」
 「好みがうるさそうな奴に、食器なんて選ばねーよ」
 「…だよな。じゃあ、」
 「ああああっ!!!!!」
 久保田の質問を、和臣の叫び声が寸断した。
 何事か、とギョッとして一同が和臣に目を向けると―――そこにあったのは、さっきまでテーブルの端に掴まってつかまり立ちしていた愛華が、おぼつかないながらも手を離して立っている姿だった。
 「あ…っ、愛華ちゃんが、立ってるうううぅ!!!」
 「カ、カズ君っ、写真! 写真っ!!」
 慌てて腰を浮かせた奈々美の声を受けて、興奮状態の和臣がポケットから何かを取り出した。てっきりコンパクトカメラかと思いきや、それは、どこからどう見ても携帯電話だった。
 「愛華ちゃ〜ん、パパの方見てごらん〜」
 今手を離したばかりの子供に、振り向けとはまた無茶な注文だ。当然、娘に無視された和臣はざざざっ、と膝でいざり歩きし、娘の正面に回り込むと、携帯電話に内蔵されたレンズを娘に向けた。
 「はい、チーズっ」
 ちゃらりーん、という間の抜けた音とともに、シャッターが切られる。その1秒後、限界に達したのか、愛華は再びテーブルの端に掴まってしまった。
 「撮れた!?」
 身を乗り出し、携帯を覗き込む奈々美に、和臣は自慢げに携帯電話を掲げてみせた。
 「うん、バッチリ! あー、良かったよー。愛華ちゃんの記念すべき第一歩を、ちゃんと写真に残せてー」
 「良かったぁ。これでおじいちゃんたちにも見せられるわね」
 ホクホク顔で喜び合う2人だったが、そこでふと、周囲の冷たい空気に気づき、後ろを振り返った。
 「…………」
 冷たい空気の原因は、瑞樹だった。
 静かに怒っている時独特の、背筋がゾクゾクしそうな冷たい殺気を漲らせて、腕組みをして2人を見据えている。その理由を察している久保田と佳那子は「あーあ…」という顔をし、その理由を全く察していない和臣と奈々美は、キョトンとした顔をした。
 「な…、ど、どうしたの? 成田」
 「…携帯」
 「え?」
 「娘の記念すべき1枚が、携帯カメラか、おい」
 「え、なんで? いけない?」
 「…っつーか、いいのかよ、カズは、それで」
 「チョー便利だよ、これ。このまま家族にメールで送れるしさ。これやりたくて、オレ、ドコモからJ-PHONEに乗り換えたんだし」
 そういうことを問題にしているのではない。日頃から、何かにつけて携帯電話をかざしている連中にムカついていた瑞樹は、皮肉っぽく片方の眉を上げた。
 「ああ、そうかよ。お前らの結婚式の時、携帯にカメラがまだついてない時代で、残念だったな。32万画素程度のシケた画質で、あの不安定な構え方で手ぶれを起こしまくりながら、記念すべき1枚を撮ってやれたのに」
 冷笑とともに放たれた言葉に、ここでようやく、瑞樹がカメラマンであることを和臣は思い出した。が、和臣の頭は、瑞樹が何故ムッとしているか、という方向にではなく、全然別方向へと転がっていった。
 「ああっ! しまったー! 成田がいるんなら、成田に愛華ちゃんの写真撮ってもらうんだったー! うわー、すっごいもったいないことしたー! なんだよ成田っ、決定的瞬間、プロなら条件反射で撮ってくれよーっ」
 「……」
 ―――相変わらず、空気の読めない奴。
 全く、本人は平然としているが、周りは頭を抱えたい気分だ。佳那子はため息とともに額を押さえ、久保田は何も聞かなかったフリでコーヒーを一気に半分まで飲み干した。
 「一応、家になら、デジカメも普通のカメラもあるにはあるのよ。でも、持ち歩く習慣がついてなくて…。つい手軽だから、携帯で撮っちゃうのよね。ほんと、成田君がいるなら、頼めば良かったわ。人生最初の1歩は、あの瞬間しかなかったのに」
 ある程度空気の読めている奈々美が、瑞樹・和臣双方に対するフォローを兼ねて、そう言った。こういう気配り派の妻がいるから、和臣が無事でいるようなものだ。怒りの矛先を収めた瑞樹は、
 「…今は、軽くて高性能なやつが安く出回ってるから、買い換えた方がいいんじゃねーの」
 とだけ言って、再びコーヒーに口をつけた。平和な空気が戻ってきたことに、一同ホッとしたのだが、
 「あっ、そうそう…。新築祝いといえば、私たちからもあるのよ。出すの忘れてたわ」
 突如、奈々美がそう言って、持って来ていたおおぶりなバッグの中から、何かを引っ張り出した。それは、やはりこちらも自分でラッピングしたらしき、花柄にリボンをあしらった大振りな袋だった。
 「高級品とかじゃなくて申し訳ないんだけど、世界に1つしかない物だから、いい記念になるかと思って」
 「世界に1つしかない?」
 「まあ、いいから、開けてみて」
 袋を手渡された佳那子は、首を傾げつつ、袋を開けた。そして、出て来た物を見て、久保田と一緒にギョッとなった。
 「な、何? これ」
 「ベッドカバーよ」
 確かに、ベッドカバーらしい。広げてみたら、それらしき大きさを持った布だったから。ただし―――よく手作りの本やカントリーハウスの紹介記事に出てくるような、パッチワーク柄の。
 色調は落ち着いたベージュ系統ではあるが、柄は小花やギンガムチェックのオンパレード。手芸には疎い2人でも、相当に凝ったデザインであることはなんとなく想像がつく。パッチワーク・キルト展、なんて展示会に、参考作品として展示されていても不思議ではないシロモノだ。
 「ほら、佳那子もダブルベッド買ったって言ってたじゃない? それ聞いてから、猛スピードで作ったの。おかげで、うちにあったパッチワーク用の布、全部使い切っちゃった。やっぱり大きいわよねぇ、ダブル用のカバーって」
 「奈々美さんて凄いんだよ。パッチワークの教室に体験入学したら、先生から“それだけできるなら教室に通う必要はない、どこかの講師になった方がいいんじゃないか”って勧められたんだから」
 「…そ…そう」
 自慢げな和臣の笑顔に、佳那子はひきつった笑顔を辛うじて返した。確かに、そんなエピソードも当然だと思える出来だと思うし、奈々美の手作りという部分はもの凄く嬉しくてありがたい、の、だが―――…。
 ―――で、これを、うちの寝室で使え、と。
 …無理だ。どう考えても無理だ。久保田も佳那子も、揃ってこの手の甘いテイストが苦手なタイプなのだ。どれほど手の込んだものでも、どれほど高級なものでも、これを自分たちのベッドに掛けることを考えると、恥ずかしさのあまり鳥肌が立ってしまう。けれど、そんなことは、口が裂けても言える訳がない。
 「ありがとう。大事に使わせてもらうわ」
 処世術に長けた2人は、笑顔でそう言うのだった。もちろん、その隠された意味は、“大事に”保管しておいて、和臣と奈々美が来た時に“使わせてもらう”、である。
 「あー…、それで、瑞樹たちからの新築祝いは、」
 ようやく久保田が元々の話に戻ろうとした時、
 「あああっ!!」
 また和臣の叫び声が遮った。
 今度は何だ、と全員の視線が和臣の方に向けられる。そして、そこにある光景に、瑞樹以外の全員が和臣同様の反応をした。
 「あ、歩いたーっ!」
 「ほんと! 歩いてるわよ!」
 辛うじてつかまり立ちしていた愛華が、テーブルの縁に沿って、よちよちと歩き出していたのだ。
 1人だけ冷静な瑞樹は、というと、愛華のよちよち歩きを見ると同時に、デイパックを開け、念のため持ち歩いているデジタルカメラを探していた。といっても、自分で撮る気はない。愛娘の初めての1人歩きを、また携帯カメラで撮りかねない神崎夫婦に、これで撮れ、と貸し出すためだ。
 無事探し当てた瑞樹は、顔を上げ、和臣にデジカメを差し出した。
 「おい、これで―――…」
 そう言いかけた、その瞬間。
 ソファに座る瑞樹の脚が、突如、ふにゃっとした生暖かい物体にぶつかった。
 「!!」
 驚いて、足元を見ると―――生暖かい物体の正体は、愛華だった。
 テーブル伝いに歩いていた愛華は、瑞樹の脚にぺたっ、と抱きついていた。そして、きゃっきゃっと笑い声をたてながら、その膝に上ろうとした。
 「…………」
 …どうやら、愛華が歩き出した目的は、瑞樹だったらしい。そういえば、玄関先で顔をあわせた時も、やたらしげしげと瑞樹の顔を見ていた。
 「…やっぱり、小さくても、女の子なんだな」
 ぼそりと久保田が呟いた一言に、自他共に認める愛華命パパである和臣が、一瞬でキレた。
 「な……っ、成田ああああぁっ!!! あああああ愛華ちゃんから離れろおおおぉっ!!!!」
 ―――いや、お前の娘が、俺にくっついてるだけなんじゃねーの。
 瑞樹の呆れたような顔の下で、愛華はまだ、必死に瑞樹の膝に乗ろうと頑張っていた。

***

 結局、瑞樹と蕾夏からの新築祝いの正体を聞かされないまま、瑞樹が久保田家を後にする時間が来てしまった。
 「夕飯食べてからにすりゃあいいのに」
 「そうよ。もうすっかり暗いし、藤井さんも取材なんでしょ?」
 残念がる新婚夫婦に、靴を履き終えた瑞樹は、振り返りサラリと答えた。
 「これから、蕾夏と取材の下見に行くから」
 「えっ、これから?」
 「例の雑誌の連載で、俺ら流の“東京ナイトクルーズ”を撮ろう、ってんで、明け方まで夜通し東京中駆けずり回るんだ」
 「へえぇ…。明日も仕事なのに、大変ねぇ」
 佳那子が少し眉をひそめてそう言うと、瑞樹はふっと笑い、短く答えた。
 「別に。蕾夏が一緒だし」
 「―――…」
 「じゃ」
 …なんだか、本日最大のノロケを聞かされた気がするのは、何故だろう。
 和臣と奈々美の変わらないバカップルぶりより、今の一言の方が、数倍赤面してしまう。が、当の瑞樹は涼しい顔で踵を返すと、絶句する2人を残して、さっさと帰ってしまった。


 「…で結局、これは何だったんだ?」
 残されたプレゼントの箱を前に、久保田と佳那子は、しばし中身について推理していた。
 「あいつらのことだから、びっくり箱みたいに、開けた瞬間に後悔するような物かもしれねーからな」
 「でも、危険な感じはしないわよ。とりあえず開けてみましょうよ」
 推理を諦め、包みを解いてみると―――中身は、電化製品だった。というか、一見したところ、トランシーバーか何かかのような、見ても正体不明な物体だった。
 なんだこりゃ、と目を丸くする2人は、直後、蕾夏が書いたらしきメモが、箱に貼り付けてあるのを発見した。

 『さすがに新品は高くて手が出なかったので、秋葉原の中古屋さんで、状態のいいものを購入しました。一般家庭用なので、業務用のものみたいに高度なものは見つけ出せないけど、一番一般的なタイプのものは、これで十分探し出せると聞きました。きっとお役に立てると思います』

 物体の正体は、盗聴器を見つけ出す機械だった。
 「…どういう意味だよ…」
 「…つまり、お父さんやお爺様が、新居に盗聴器を仕掛けてるかもしれない、って意味じゃないの?」

 いや、まさか。
 いくらなんでも、そこまではしないだろう。

 考えすぎだよ、と大笑いした久保田と佳那子が、この機械があって本当によかった、と実感するのは、この2時間後のことである。


←BACKanthology2 TOPNEXT→


  Page Top
Copyright (C) 2003-2012 Psychedelic Note All rights reserved. since 2003.12.22