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忠犬とご主人様の恋愛事情

 

 「あんたが今度の学期末試験で“不可”を1つも取らずに進級できればね」

 そう。確かに私は、そう言った。
 すると、目の前の男は、にんまりと笑って、隠し持っていたボイスレコーダーを私に突きつけた。

 「今の言葉、録音したからね。後で“やっぱりナシ”とか言うなよ」

 絶対無理だろうと、たかをくくっていた。この前の試験も、その前の前の試験も、こいつはいくつか“不可”を取っては追試でなんとか這い上がって来たのだ。11月からどう頑張ろうが、今更“不可”を1つも取らずに進級するなんて、絶対無理だ。

 ところが。
 気まぐれな勝利の女神は、私ではなく、何故かヤツに微笑んだ。
 4月最初の講義の日。約束の言葉がしっかり録音されたテープを片手に、ヤツは不敵に微笑んだ。

 「じゃ、()っちゃん。今日からキミは、俺の彼女ね」

 こうして私は、拓人(たくと)の彼女になってしまった。


***


 「今世紀最大の謎だよね。あの拓人が、(りつ)の彼氏だなんてさ」
 「…うるさい」
 オーバーな位眉を顰める曜子(ようこ)に、私は精一杯の睨みをきかせた。
 「本が恋人みたいな律と、女こそ命みたいな拓人じゃ、水と油だと思ってたのに」


 私と拓人は、2年前、同じ高校からこの大学に入った。
 そう言うだけで、高校時代の同級生なら、まず間違いなく目を剥く。「えーっ! あの拓人が、どうやって律と同じ大学に入ったの!?」と。
 隣のクラスの拓人は、はっきり言ってバカだった。月イチで彼女を変えてたし、どのテストでも赤点で追試受けてばかりいたし。彼氏いない歴18年、成績はそこそこ上位をキープしていた私とじゃ、いろんな意味でかけ離れていた。
 入試でヤツの姿を見かけた時には目を疑った。入学式でヤツに声をかけられた時には悪夢だと思った。
 それでもまあ、入試なんて一発勝負だし、ラッキーなんてそう続く訳がない。遅かれ早かれ留年するだろうな、と思っていた。
 なのに、ヤツは毎回、ギリギリのラインで這い上がって来た。新学期が始まる度、幾多の女の子を魅了してきた極上スマイルで私の前に現われ、こう言うのだ。

 「やっほー、律っちゃん。今年もまたヨロシクね」


 「…ムカつく」
 「―――律。それが彼氏に対する批評な訳? あんまりじゃない?」
 ミックスジュースをずずずっと吸いながら、曜子が呆れたように言う。私が曜子の立場なら、やっぱりそう言ったかもしれない。でも。
 「でもどーしてもムカつくのっ!」
 「…ま、無理もないけどねぇ。あの拓人が“不可”を1つも取らずに3年に上がるとは、誰一人予想できなかったし。おかげで大穴狙いだった連中、ボロ儲けよ」
 「何それ」
 「フランス語学科全員で賭けやってたのよ。拓人が見事律をゲットできるかどうか」
 「人で勝手に遊ばないでよっ!」
 「まぁまぁまぁ。そうカリカリしなさんなよ。いいじゃない、なんであれ、あんな顔のいい男が向こうから求愛してきてくれたんだから。女の子達は、みんな羨ましがってるわよ?」
 なら、そいつらに進呈してやるわよ。あんな男。
 そう言いたかったが、あと少しという所で、その言葉は喉に詰まってしまった。
 ―――言えない。進呈してやる、なんて。
 その事実が、一番ムカつく。


 何を隠そう、この私だって、高校1年の時は、拓人に片思いしていたのだ。学校の大半の女の子がそうであったように。
 モデルみたいなスタイル、やんちゃな子供がそのまま成長したみたいな表情、ひとなつっこい笑顔―――どれをとっても、ヤツは女心をくすぐるために存在してるような人間だ。いくら川端康成やドストエフスキーを恋人にしている私でも、やはり女に変わりはない。ヤツにノックダウンされたのは、必然だ。
 でも、そんな私の片思いは、ものの3ヶ月でぶち壊しにされたのだ。その拓人自身によって。
 水泳の時間、ヤツは私の水着姿を一瞥し、フッと笑ったかと思うと、こう言ったのだ。
 「律っちゃん、胸ないねぇ。俺がおっきくしてあげよっか?」

 頭の血管が、3本くらい切れたかもしれない。
 傍にあった水球用のボールを、籠が空になるまでぶつけまくって、私の拓人への片思いは終わった。
 ―――筈、なのに。


 「お〜い、律っちゃ〜ん」
 カランカラン、とドアベルが鳴り、喫茶店のドアから体半分を店内に突っ込んだ拓人が、ヒラヒラと手を振ってきた。
 「…来たわよ。あんたの王子様が」
 「…わかってるわよ」
 私はうなだれたまま、グレープフルーツジュース代420円を曜子の手元に置き、席を立った。


***


 私と拓人が並んで歩くと、目立つ事この上ない。
 拓人、身長187センチ。私、身長149センチ。まるでギャグ漫画だ。
 「律っちゃん、いつになったら手ぇ繋いで歩いてくれんの?」
 「…一生イヤ。誘拐犯に連れまわされてる小学生みたいに見えるから」
 「ひでーっ! 俺、誘拐犯?」
 そう言いながらも、拓人は愉しげに笑っている。道ゆく人が振り返るけど、私と拓人の頭の位置の差に、誰もが目を丸くするのが悔しい。
 「あっ、じゃーさ。100メートル走の学内新記録出したら、手繋いで歩いてくれる?」
 「出せる訳ないでしょ。うちの大学の陸上部の平均記録、いくつだか知ってんの?」
 「じゃ、水泳の」
 「国体のメドレーリレーで3位に入ったらしいわよ、うちの水泳部」
 「ちぇーっ。しょうがないなぁ。じゃあ、ここ持って歩くか」
 そう言うと拓人は、私のTシャツの後ろ襟を掴んだ。
 「私はネコかっ!」
 「せっかく律っちゃんの彼氏になったのに、離れて歩くのなんてつまんねーもん」
 「こんなのイヤ!」
 「んじゃ、これなら?」
 拓人は、襟をぱっと離したかと思うと、私の肩に大きな手を乗せた。ぐいっと引かれた弾みで、体が拓人の脇腹にぶつかる。
 「…なんか、肩抱いてる、って感じになんないのは何故?」
 「…あんたって、結構イヤミだよね」
 はるか上空の拓人の顔を睨みながらも、私の心臓はバクバク暴れまくっている。
 ―――なんで、そんな顔して見下ろしてくるのよ。
 ご主人様に尻尾振ってる犬みたいな、スペシャル級の嬉しそうな顔。こんなデカい犬のご主人様が、こんな小学生レベルの女だなんて、本当にギャグ漫画だ。

 でも。
 どれほど滑稽でも、どれほどイライラさせられても、やっぱりこの笑顔は、どうしようもなく魅力的だ。他の子達に進呈してやるなんて、絶対言えない。
 ムカついてしょうがないのに、手放せない。本当に、困った奴である。


***


 喫茶店で本を読んでいると、余計な会話も耳にしてしまう。
 「あの子だよね、拓人の新しい彼女って」
 「うわー、なんか、今までのと全然タイプ違くない?」
 ―――どうせ全然タイプが違うわよ。
 少し離れたカウンター席の3人組にイライラさせられる。よく見かける連中だけど、3人揃ったところは初めて見たかも。2人でもうるさいけど、3人集まると騒音以外の何物でもない。

 でも、悔しいことに、彼女たちの指摘は正しい。
 これまで拓人が付き合ってきた女の子は、高校時代も大学に入ってからも、常にハイレベルだった。スタイルが良くて、顔も可愛くて、背丈のバランスもとれてて。拓人と並んで絵になるような子ばかり。私のような、やたら小さくて手足も細いタイプは一度としてなかった。そういえば、ロングヘアばっかりだった気もする。そうじゃないにしても、私みたいなショートボブはいなかった。
 なんで拓人は、急に私を選んだんだろう?
 そりゃ今までも、図書館で勉強してると邪魔しに来たり、学食でご飯食べてるとつまみ食いしに来たりしてたけど…ううん、逆に、全然接触なかった状態で声をかけられた方がまだリアリティがあったかも。昨日まで「講義ノート貸して! 一生のお願い!」「そのうどんの揚げ、半分ちょーだい」とか言ってた奴が、いきなり「俺の彼女になってね」と来ても、あまりに唐突で、わけがわからない。
 きっと、たまには違うタイプとも付き合ってみたかったんだろうな。豪華フルコースに飽きたから、たまには吉野屋の牛丼でも食うか、って心境なのかもしれない。
 なんか、余計ムカつく。

 「確かに可愛いけどさぁ、可愛いの種類がちょっと違うよね」
 …うるさいなぁ。
 「そうそう。ちっちゃい子供見て“あ〜かわい〜”って言う時の“可愛い”だよねぇ」
 …うるさいってばっ。
 「まっ、別にいいんじゃな〜い? どうせ拓人のことだもん。1ヶ月でポイだよ」
 「……」
 1ヶ月で、ポイ。
 ―――そうだ。ヤツは今まで、1ヶ月以上彼女が同じだったためしがないんだ。
 今って、何日?ゴールデンウィーク明けて何日か経つから、もう付き合い出してほぼ1ヶ月じゃない?
 私も、他の子みたいに、1ヶ月で使い捨てされてしまうんだろうか。
 …屈辱的。

 「律っちゃ〜ん」
 今日もまた、喫茶店の扉から顔を覗かせて、拓人が手を振る。あのうるさい3人組の視線も当然拓人に向く。
 「あれ? 律っちゃん、まだ本読み終わってないの?」
 いつもなら拓人が顔を出せばイヤイヤながらも席を立つ私が、拓人が声をかけてもそのまま読書を続行したので、拓人は不思議そうな顔をして店の中に入ってきた。そういう時の歩く姿も、映画俳優か何かみたいで、もの凄く目立つ。
 しかも、周囲の目を全然気にしてないのか、あろうことか私の隣に座ってしまう。身長差38センチって事は、座高差も結構あるって事だ。余計周囲の目を引いてしまい、恥ずかしいことこの上ない。
 「あとどの位で読み終わる?」
 「…まだしばらく終わんない」
 内緒話するみたいなヒソヒソ声で訊かれたので、つい私もヒソヒソ声で答えてしまう。
 「じゃ、俺、読み終わるまで待ってよっと」
 「待たなくていい。先帰んなさいよ」
 「そんなん嫌だ。俺、今日の行動計画、しっかり立ててあるんだから」
 「何よ、コウドウケイカクって」
 拓人の口から出てくるとは思えない硬い単語に思わず眉をひそめると、拓人は頬杖ついてニッコリと笑った。
 「律っちゃん、知ってる? 今日で俺たち、付き合い始めて1ヶ月なんだよ?」
 心臓がギクリとする。ついさっき耳にしたばかりの言葉が、嫌でも頭をよぎってしまう。でも、拓人はあくまでニッコリした顔のままだ。
 「い…1ヶ月だったら、何よ」
 「俺、そろそろご褒美もらわないと、マジで倒れそう」
 「は?」
 「あのね。俺、この後、律っちゃんを俺のアパートまで拉致して、そのまま監禁、朝まで帰さない予定」
 「……」
 ―――何言ってんの? こいつ。
 「あっ、お泊りセットとかはいらないよ。全部揃えてあるから。律っちゃんサイズのパジャマって見つからなかったから普通サイズ買ったけど、別に合わなくてもいいよね、どうせ脱がせちゃうんだし。シャンプーとリンスは、俺元々“植物物語”だから律っちゃんも同じでいいかな。歯ブラシは好みわからないから3種類買ってあるけど、どれ使ってる? 固め? 普通? 柔らかめ?」
 「―――ば…ば…ばっっっっっかじゃないの!!!?」
 私が立ち上がった勢いで、テーブルの上のティーカップがガチャン! と音をたてた。店内の全ての目が自分を見ているのはわかったけど、ぶち切れた頭ではそんなもん考慮する余裕なんてない。
 「なっ、なんで私がそんな事に付き合わなくちゃいけないのよ!」
 「だって、律っちゃん、もう俺の彼女でしょ」
 さも当然、という顔で―――いや、むしろキョトンとした顔で見上げてくる拓人。なんで座ってる拓人とこんなに目線が近いんだ。立ってる時よか、よっぽど顔がよく見える。
 「かかかか彼女ったって、いきなりそこに跳ぶ!? 普通、もっとステップ踏むんじゃないの!?」
 「途中のステップ、全部律っちゃんに拒否られたじゃん。もー限界。今日来てくんなきゃヤダ」
 「行かないっ!」
 筋道だった事を考えるより前に、口からその言葉が飛び出していた。

 だってこいつは、月替わりで彼女を変えるような奴で。
 私が理想とする「誠実」という言葉からは、一番かけ離れている奴で。
 今私と付き合ってるのだって、今までにないタイプに興味を抱いてるからだ。全部知ってしまって好奇心が満たされたら、すぐ飽きるだろう。
 飽きれば、捨てられる。
 また拓人は、他の女の子と並んで歩くようになる。
 ―――そんなの、絶対にイヤ。

 「私は、絶対行かないからね」
 「律っちゃん…」
 「そんなにやりたきゃ、無駄に胸の大きいのが後ろに雁首揃えてるから、好きなの選べばっ。弄ばれて、飽きたらポイッと捨てられるなんて、私には絶対耐えられないのっ!今までの連中と同じにしないでっ!」

 唖然とした顔の拓人と、それってどういう意味よ、と喚きたてるカウンターの3人組を残し、私は喫茶店を飛び出した。


***


 次の日も、その次の日も、拓人は大学に来なかった。
 毎日、鬱陶しい位「律っちゃん律っちゃん」と纏わりついてた電信柱がいなくなると、妙に落ち着かない。彼女がいる時も、なんだかんだで私の周りをうろついてた奴だから。
 ―――寂しい。
 認めたくないけど、拓人がいないと、寂しい。本を読むのも邪魔されないし、学食は落ち着いて食べられるし、平穏この上ない環境の筈なのに、もの凄く寂しい。
 イライラする、ムカつく、鬱陶しい、バカだアホだと罵ってた癖に、拓人に飽きられて捨てられるのは耐えられない。ヤツが他の女の子と歩くのを見せつけられるのは嫌だ。ううん、ずっと嫌だった。高校の頃から。
 図書館に受験勉強の邪魔しに来るたび、入試の試験会場で見かけた時、入学式で声をかけられた時、そして4月になってあの不敵な笑顔を向けられるたび―――なんでコイツが、と思う一方で、どこかで喜んでる私がいた。

 …それって結局、拓人がずっと好きだったって事なんじゃないの?
 なんだ。
 あの時、ぶち壊された筈の片思いは、欠片が心の中に残ったままだったのか。
 …私って、とことん、バカかもしれない。


 図書館でぼーっとしていたら、すっかり日が暮れてしまった。
 溜め息とともに席を立ち、図書館を後にする。そういえば、一人で帰るのも久々だ。どうやったら恋人同士らしく見える歩き方ができるか、なんて馬鹿な事に悩みながら歩く拓人は、今日は隣にいない。
 私、もしかして、このまま捨てられちゃうんだろうか。
 …まあ、どっちにしても、興味薄れりゃ捨てられる運命にあったんだけどさ。

 「あ、ちょっと、君っ!」
 ぼんやり歩いていたら、急に声をかけられた。え?と思って立ち止まると、それは、いつもの喫茶店の前だった。
 声をかけてきたのは、メニューの黒板を片付けていた、喫茶店のマスターだった。よく利用してるから顔は知ってるけど、話なんてしたことなかった。でも、辺りを見回しても私以外の通行人はいないんだから、今の“君”は、私のことだろう。
 「私、ですか」
 「うん、君。君ってあの背の高いモデルみたいな子の彼女だよね?」
 温和そうなマスターは、ニコニコと笑顔でそう言う。背の高いモデルみたいな子―――拓人の事だよね、きっと。
 「一応、そうですけど…」
 「おととい、うちで喧嘩してた」
 「―――喧嘩、という訳じゃないんですけど…」
 私が一方的に喚きたてただけで。
 「君の彼氏、昨日、うちに来て、さんざん大泣きしてたよ」
 「えっ!」
 拓人が!? 大学に来なかったのに!?
 「僕も慰めようがない位、凄い泣き方だったからね。早く仲直りしてあげてよ」
 「す…すみません、ご迷惑おかけしまして…」
 拓人がカウンターに突っ伏して大泣きする姿を想像して、冷や汗が次々に背中を伝う。マスター、相当困っただろうなあ…あいつ、ただでさえ目立つし。
 「彼、凄く落ち込んでたよ。もうちょっと待てばよかったって。初恋の人ゲットできたから、ちょっと有頂天になりすぎた、って」
 「…は?」
 「ふられてもずっと諦めなかったんだから、彼、根性あるよ。ま、何があったか知らないけど、また2人でお茶しに来てよ。ね」
 「?????」
 …何? それ。
 どういう事?


***


 ドアを開けた拓人は、私の顔を見るなり、目を限界ギリギリまで大きく見開いた。
 「り…っ、律っちゃんっ!?」
 「お邪魔します」
 憮然とした表情のまま、拓人の脇をスルリと抜け、拓人の部屋にあがりこんだ。
 滅茶苦茶綺麗、とはいかないけど、まあそこそこに片付いた部屋。おととい、私を呼ぶ気でいたらしいから、多少片付けていたのかもしれない。
 部屋の中央に置かれた丸テーブルの傍にぺたん、と座り、呆然とした顔でつったってる拓人を見上げた。
 「私がいつ、拓人をふったって?」
 「え?」
 「私が拓人の初恋の人って、どういう事? 私、ひとっつも知らないんだけど」
 「…あー! あの喫茶店のマスターだっ!」
 情報の出所に思い当ったのだろう。憤懣やるかたない、という顔をして、拓人は私の真向かいにどかっと胡座をかいた。
 「初恋だって事は内緒だったのに! やっぱり口止めしときゃよかった」
 「マスターに当たらないでっ! ちゃんと説明してよ。どういう事?」
 「…どういう事もなにも、マスターの言ったとおりだよ」
 まだ、ちょっと腹をたててるような表情で、拓人は言葉を続けた。
 「俺、ずっと、律っちゃん一筋だったもの」
 「…いつから?」
 「高1から」
 「は!?」
 「高校の入学式で、同じクラスの女子の一番前に立ってるの見た時から。うわー、小さいー、可愛いー、って一目惚れ。以来5年、律っちゃんオンリーだよ、俺」
 多分、今の私の顔を漫画に描くなら、まさに「目が点」だろう。
 「…私、いつ拓人をふった?」
 「高1の夏。水泳の授業の時」
 「は!? まさか、あの…胸がないからおっきくしてやる、っていう、あれ!?」
 「うん、そう」

 ―――あれが、告白!?
 わかる訳ないでしょーっ!

 「俺ってシャイだから、面と向かうと、冗談めかした言い方しか出来なくてさ。でもまさか、水球何十個もぶつけられる程嫌われるとは思わなかった。あれは失敗だったなぁ…」
 そう言って、拓人は力なくうなだれた。
 「その時、水球ぶつけながら、律っちゃん言ったんだよ。“もっと男磨いてから出直してこーいっ!”…ってさ」
 …言った…ような、気もする。
 「悔しかったから、手当たり次第女の子とつきあって、どんな女でも尻尾振ってくっついてくる位の男になってやる! って心に決めたんだ。それから出直して、もう1回真面目に律っちゃん口説いてやる! って。結構大変だったよー。俺の好みって律っちゃんだから。真面目そうな子には声かけ難いし、ナイスバディ系ってグロテスクで嫌いだし。軽そうな子選んで我慢して付き合ってみたけど、体型も顔も苦手なんだよなぁ。1ヶ月が限界」
 …1ヶ月でポイしてた理由は、“ナイスバディな女はグロテスクで我慢できないから”な訳?
 拓人、あんた、どっか変なんじゃないの?
 「周りをうろついてちょっかい出しても、律っちゃん、全然相手にしてくれないし。3年じゃ足りなかったから、死ぬ気で勉強して大学までついてきたけど、落第しないようにするのがやっとで―――もう限界だったから、捨て身でアタックしたら、とうとう幸運の女神が微笑んでくれてさ。俺、ちょっと舞い上がっちゃったんだよ」
 「……」

 ―――こいつ、絶対、変だ。
 そもそも、あれが告白だなんて思う訳ないじゃない。からかわれたと思ったから言った言葉を、そのまんま真に受けて、本気で男磨こうとする奴がどこにいるのよ。
 しかも、3年じゃ足りなかったからって、大学までくっついてきて。
 忠犬ハチ公だって、ここまでバカじゃない筈だ。

 「…律っちゃん、怒ってるよね」
 テーブルの向こう側で、拓人はうなだれたまま、チラリと目だけを上げてくる。
 なんだか、大きな犬が、尻尾も耳もダランと垂らして反省しているみたいに見える。
 「そりゃ、怒るよね。事情を説明してなきゃ、俺、この5年間、相当不真面目な奴に見えただろうし…。その事に、俺、全然気づいてなかったんだ。何人と付き合っても、俺の恋人は律っちゃん1人きりだったから、俺ほど純情で真面目な奴はいない、って思ってた位に」
 「……」
 「俺、我慢する。律っちゃんからお許し出るまで待つ。拉致監禁なんてしない。だから…」
 「……」
 「だから、律っちゃん、俺を捨てないで…」
 拓人の顔は、今にも泣きそうになっている。

 見るも無惨な拓人の姿に、私は不謹慎にも笑ってしまいそうになった。
 だって、この拓人が、私に向かって「捨てないで」なんて。

 なんて、バカな奴なんだろう。

 本当にバカすぎて―――いとおしくなってしまう。

 「―――しょーがないなぁ、もー」
 私は苦笑いしながら、拓人の隣まで這っていき、彼の頭をヨシヨシといった風に撫でた。
 「その根性に免じて、捨てないであげる」

 その一言に、拓人は、ご褒美をもらった忠犬のような、極上の笑顔を見せた。



2000番ゲットのあおむしさんのリクエストにおこたえした1作です。
ご希望は「大学生の同級生のほのぼのした恋愛モノ」。ほのぼのしてるか?これ(汗) コメディのような気が…。
またしてもご登場の喫茶店は、渡会さんの喫茶店です。
でもって、勘の良い読者様ならわかるでしょうが、喫茶店で大泣きした拓人の話は、前作に出てきてます。
それにしても、凄いタイトルですねぇ。ハハハハハ。
関連するお話:「One on One」


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