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図書館に集う人々

 

 10:30 雄一郎(70)


 やれやれ、ここに来ると落ち着くなぁ。

 午前中は、美津子さんが家にいて口うるさくするから難儀するよ。雄太のやつ、よくあんな鬼ババアと結婚したもんだ。我が息子ながら、趣味の悪さに呆れるぞ。
 家にいても面白いことなんてなーんもない。今の家に越す時、美津子さんが「お義父さん、本が多すぎて収納できませんから、処分して下さいね」なんて言って、俺の愛蔵書の大半を古本屋に売り飛ばしおったから、読みたい本も家にはないし。夏だってのに「節約、節約」ってうるさいから、クーラーも碌につけられないし。

 だからついつい、来ちゃうんだよなぁ、図書館。
 涼しいし、好きな本はいくらでもあるし、しかも全部タダで読めるし。時間制限もないから、好きなだけいられるし。

 母さんが―――あ、いかんいかん、こんな呼び方をすると「私はあなたの母親じゃあないですよ」と怒るんだった―――富美子が生きてた頃は、2人でよく来たもんだ。
 大体、俺と富美子の出会いからして、図書館だったんだからな。
 司書をしていた富美子と、小学校の教師をしていた俺と。たまたま学校の授業に使う資料を探しに図書館に行ったら、やたら可愛い司書の子がいて、一目で気に入った。あの頃の富美子は可愛かったよなぁ…。小柄で、色白で、目がクルクルしてて。
 本好きな2人だから、デートの場所は、いつも図書館だった。
 結婚してからも、子供が手を離れてしまえば、2人揃って行く先は、図書館だった。
 癌なんぞに冒されて、老後を十分楽しむ間もなく逝ってしまったが、図書館に来ると富美子を思い出す。あ…、まずい。最近、涙腺が弱くなったな。俺も歳だから、仕方ないか。

 今日は時代小説でも読むか。
 でも、その前に、貸し出しカウンターだな。

 今年の春から、貸し出しカウンターに顔を見せるようになった新米司書さん。
 子供かと思うほど小柄で、色白で、目がクルクルしてて―――そう。昔の富美子と、なんとなく似ているのだ。

 ああ、良かった。今日もいた。
 名前も知らんが、あの子を見るだけで癒されるなぁ。日頃、鬼ババアを見慣れてるから、余計に。


***


 12:35 美津子(44)


 あらやだ、ちょっと遅れちゃった。
 例の司書の女の子は―――あ、良かった。まだちゃんと座っているわ。例の彼の姿も見当たらないわね。よしよし。きっとまだ来てないんだわ。
 あー、涼しい。急いで来たから、汗だくになっちゃったわ。暫く涼んでましょ。

 全くもう、お義父さんたら、午前中は出かけてる癖に、昼ごはんの時間になるとチャッカリ帰ってくるんだから。
 今日は週に1度のカルチャースクールの日なんだから、あたし1人の昼ごはんなら、サラサラッとお茶漬けで済ませたいところなのに。お義父さんがいたら、そういう訳にもいかないじゃないの。出かけてたんなら、外で適当に食べてきてくれればいいのに。
 何作っても、すぐ「富美子は、富美子は」って、亡くなったお義母さんと比較ばっかりするし。
 何が富美子よ。同居してても全然協力的でない癖に、文句ばかり多かったじゃないの。あたしから見たらあんな人、鬼ババアだったわよ。

 あーあ、家にはなんにも楽しいこと、ないなぁ…。
 浩介は面倒な年頃だし、由実は反抗的だし。旦那は仕事仕事だし。
 働きに出るにも、もう歳がねぇ…。由実が小学生の間は、なんて思って遠慮してたのが間違いだったわ。もっと早く、パートでも何でも働き口見つければよかった。
 なんとかやりくりして、週1のエアロビ教室だけは確保したけど―――もう1つ習い事を、なんて、絶対無理よねぇ。浩介も由実も、まだ高校や大学があるんだもの。

 先のことを考えると、本1冊のことでも、ついカリカリしちゃう。ハードカバーなんて千円超えてるものねぇ。
 だからつい、欲しい本があると、買うより図書館で借りる方を選んじゃうんだけど―――あ、またムカムカしてきた。お義父さんてばこの前、引越しの時に処分したのと同じハードカバーを買ってきたのよね。あたしが新刊を我慢してるってのに、もう何度も読んだような本をまた買ってくるなんてっ。許せないわっ。

 ああ、面白くない。
 ほんと、この歳になると、楽しいことなんて何もないわぁ…。

 ―――…あ。
 来たっ!!!!

 「律っちゃ〜〜〜ん!」

 入ってくるなり、あの司書の子見つけて、彼女の名を呼びながらの満面の笑み。ああ、司書の子、顔真っ赤にして「しーっ、しーっ」って静かにするように注意してる。可愛いわねぇ。若いわねぇ。
 ああ…素敵。まるでモデルさんみたいな彼。背が高くて、顔が綺麗で―――いつ見ても目の保養になるわぁ。
 きっと、この図書館の傍に勤めてるのよね。でなけりゃ、彼女会いたさに昼休みに図書館に顔出すなんて芸当、絶対できないもの。あんなに素敵なのに、そこまでする程1人の女の子に一途になってるなんて…うーん、凄いわ。完璧じゃないの。うちの人とは大違いよ。

 なんて美しい笑顔。うっとり。携帯のカメラで盗撮したいけど、この距離からじゃ無理よねぇ。

 最近じゃ、たまに図書館来て、彼の顔を観賞するのが、一番の楽しみ。…これ位しか、楽しいことがないのよね。
 ああ、ほんと、つまんないわ。


***


 15:30 浩介(17)


 ええと、ええと―――…。

 …あ、やった、ラッキー! 今日もいた!
 よしっ、今日もここで受験勉強してこ。それに涼しいんだよな、図書館て。うちだとクーラー使わせてもらえないから、図書館の方が効率いいし。日が陰るまではここにいよっと。

 それにしても綺麗な子だよなぁ…。
 あの制服、この近所のお嬢様学校の制服だよな。何年生だろう…1年? 2年? 3年なら同学年か。そっか、受験生だから、よく図書館に来てるのかもしれない。
 あれだけ綺麗な子なら、きっと彼氏とかいるんだろうな。
 でも―――初めて見かけてから2ヶ月になるけど、いつもあの子、1人で来てるよな。彼氏いたら、一緒に来るんじゃないか? 普通。おお、もしかしてフリー?

 …まあ、たとえフリーでも、オレなんて、アウト・オブ・眼中、なんだろうけどさ。

 あーあ、受験勉強のモチベーション、下がる一方だよなぁ。
 そもそもオレ、勉強好きじゃないんだし。幸い、本読むのだけは好きだから、国語はまともな点数とってるけど―――それ以外って、全部平均以下。唯一まともだから、文学部とか国文とか行こうと思ってるけど、特別その分野に興味がある訳じゃない。
 うーん…だったら、何のために大学行くんだろう?
 家のローンもあるんだしさ。由実だって、来年高校に入るんだし。クーラーは1日3時間、なんて決める位に金に困ってるんなら、オレ、大学行くのやめてもいいのに。と言っても、大学進学やめて就職、っていうのも、もうこの歳で? って思うと、ちょっと嫌だけど。
 一度、マジでそう思って、親父とお袋にそう言ってみたことがある。でも、全然ダメだった。「何を馬鹿なことを言ってるんだ」扱い。大学行かないなんて、あり得ないんだってさ。
 ましてやフリーターなんて、絶対ダメダメ、恥ずかしい、だって。
 なんでだろう? バカで勉強に興味ない奴が大学行ったり、働く意欲の薄い奴が就職するよりは、ずっと世のため人のためだと思うんだけどなぁ。
 親父もお袋も、口を揃えて言うんだよな。「お前のためだ」って。世のためより、オレのためかよ。そういう自己中心が、自然破壊とかを増長させてんだぞ。あれ? ちょっと話がずれたか。

 あっ。
 彼女が今、机の上に広げてるやつ―――もしかして、いわゆる“赤本”じゃん? ほら、大学別の、過去の入試問題が載ってるやつ。まだ志望校も決めてないから、オレは買ったことないけど。
 へーっ、あの子も受験生なんだ。へー、へー、へー。なんか親近感だなぁ。

 …どこ、受けるんだろう?
 あの子が受ける大学なら、オレも気合入れて勉強する気になるかもしれない。
 よし、あっちの本取りに行くフリして、あの赤本がどこの大学のやつか、ちょっと確認してこよう。ふふふ、オレが受けられる大学のだといいなー。


 ――――――…………。

 ……ダメだ。

 まるで雲の上の大学だ。

 ああ、ちくしょーっ。受験勉強する気になれねーなー。


***


 18:05 由実(15)


 …まだかなー。
 この前見た時は、確か、6時ごろだったと思うんだけどなー。

 でも、いつもながら、コバちゃん情報って凄いわ。こんな図書館まで守備範囲に入ってるなんて。
 きっと、コバちゃんのポニーテールは、ポニーテールと見せかけて“いい男センサー”なんだ。でなきゃ、こんなにあちこちで、いい男見つけてこれる筈ないもん。
 それにしても、コバちゃんて、図書館来ることあるのかな? アニメとかゲームばっかりで漫画すら読まないし、学校の図書室にだって滅多に出入りしないのに。うーん…やっぱり、“いい男センサー”だな。

 私は図書委員やってる位だから、当然本が好き。この図書館にも何度も足を運んでる。
 最近の図書館て、漫画も置いてあったりするから好きよ。お父さんやお母さんがうるさいんだもん、漫画は買うな、って。お兄ちゃんがこっそり買ってた“スラム・ダンク”も、引越しの時に全巻売りさばかれて、お兄ちゃん、泣いてたもんなぁ。

 お兄ちゃんって言えば、大学、どこにするんだろう?
 お兄ちゃん、バカだからなぁ。我が兄なのに、なんであんなにバカなんだろう? 私の学年順位見て「ふっ、なんだ、1桁か。オレなんか3桁だ。桁が違うんだぞ。偉いだろう」なんて言ってるんだもん。桁増えて喜ぶな。金額じゃないんだからさ。
 お父さん達も、私を塾に行かせるお金あるんだったら、お兄ちゃん行かせたらいいのに。こっちは高校受験、あっちは大学受験だよ? 全然、深刻度が違うじゃん。塾行っても、私の成績なんて大して変わらないけど、お兄ちゃんはぐぐーっと良くなるかもしれないよ? なんせ、良くなる余地が、まだまだたーくさんあるんだしさ。

 まあ、行け、って言うから、大人しく行ってるけど―――1学期で辞めちゃおうかなぁ。
 でもって、塾行くお金、お兄ちゃんの塾代に回さないんなら、私の洋服代に充てて欲しいなぁ。
 今まで、恋愛なんてどーでもいいや、って思ってたけど…私ももう、15だもん。オシャレして、ちょっとでも男の子にモテたいもん。いつまでもお母さんが選んだセンスのない服じゃ、クラスメイトと差が広がる一方だよ。

 ―――…あ、っととと。
 来た来た。お目当ての“王子様”。
 彼女さんと連れ立って図書館から出てくるのが、大体6時前後なんだよね。彼女さん、フルタイムじゃないのかな?

 きっと新人さんなんだろうなー、あの人。背広がくたびれてないもん。てことは、22、3歳かぁ。大人だなぁ。いいなぁ。
 背も高いなー。180センチ台後半? でも、彼女さんは逆に、すんごく背が小さいんだよね。150ないんじゃないかな。彼女さんは大人には見えないんだけど…図書館で働いてる、ってことは、大人なのかな。最初見た時、私と同級生位かな、って思ったのに。いや、それじゃあロリコンになっちゃうか。

 むー…、仲良さそうだなぁ、腕なんか組んじゃって。ていうか、あの身長差でも腕って組めるんだ。凄い不思議。
 一体、どんな話してるんだろう?
 …ちょっと、さりげなく、後ろについてみようかな?
 だって、もしかしたら、恋人同士じゃなく兄弟かもしれないじゃない? 会話聞いたら、何か分かるかもしれない。
 小学生の時、クラスの男の子に初恋して以来の、久々の一目ぼれだもん。もし恋人同士じゃなかったら、もう明日から塾辞めて、そのお金でうんと可愛い服買っちゃうぞ!

 そうと決めたら、即、行動。
 2人には気づかれないように、そーっと、そーっと………。


 「昼間来るの、いい加減やめなさいよね」
 「えぇ〜、せっかく、徒歩5分ていう好条件の会社に就職したのに、そんな酷なこと言う?」
 「じゃあせめて、来るなり“律っちゃーん”て声上げるの、やめなさい。あんたは、声を出さなくても十分目立つの。図書館て静かな場所なんだからね? あの瞬間、一体どんだけの人の注目を浴びてるか、ちゃんと自覚してんの? 拓人」
 「だって、しゃーねーじゃん。律っちゃんの顔見たら、名前を呼ばずにいられないんだもん」
 「…変なやつ」
 「変でいいよ。それにさ。前みたいに、本借りるフリして律っちゃんに迫る男がいたら、ぜってーヤダし」
 「あ、あれは…」
 「全く、油断も隙もないんだから―――なー、早く届出、出しちゃおうよー。オレ、早くちゃんと籍入れて、安心したいよ。あと半年も待てないって。式挙げるの待つ必要なんて、どこにあんの?」
 「ないかもしれないけどっ。こういうのは、ケジメが必要なのっ」
 「…オレ、図書館に就職しなおそうかなぁ…」
 「―――お願い。やめて」


 …………。
 聞かなきゃよかった、かも、しれない。

 早かったなぁ、私の新しい恋。先週芽生えたと思ったら、今週もう玉砕だよ…。


***


 21:00 雄太(45)


 …もうこの時間じゃ、間に合わないな。
 参ったな。とっくに返却期限、過ぎてるのに。畜生、今週はずっと定時退社できなかったからなぁ…。

 

 

 「ただいま」
 父が疲れた顔でリビングに顔を見せる。
 妻は台所で何やらやりながら、力の抜けたような声で「おかえりなさい」と言う。息子の姿は見えず、祖父の姿も見えない。娘の姿が見えないのは、塾に行っているからだ。そろそろ帰ってくるだろう。
 「浩介は?」
 「勉強してるんじゃないの? もうとっくに2階に上がったわよ」
 「ふーん…親父は、もう寝てるな」
 「8時半就寝ですからね、お義父さんは。…なあに? 何か用事でもあったの?」
 「ああ、いや―――実は、図書館で借りてた本を、ずっと返せずにいてね。会社帰りに返す予定が、もう4日もオーバーしてるんだ」
 「図書館って、区の図書館?」
 「ああ。お前、行くことあるか? あるんなら、代わりに返してきて欲しいんだけど」
 「ふーん…。いいわよ。明日にでも返してくるから、そこに置いておいて」

 その時、玄関のドアが、ガチャリと開いた。
 「ただいまぁ〜」
 塾に行っていた娘が、帰ってきたのだ。
 それとほぼ同時に、2階から息子が下りて来た。
 「あ、親父、お帰り」
 「ただいま。勉強してたのか」
 「…うん、まあ。喉渇いたから、麦茶もらいに来た」
 「そうか」
 「由実、ちょうどお父さん帰ってきたところだから、一緒にお夕飯にしなさい」
 「はぁい」


 狭いリビングダイニングの中を、家族が行ったり来たりする。
 ふすまで仕切られた和室では、祖父がそのやりとりにも目を覚ますことなく、ぐっすりと夢の世界におちている。

 この、ちょっと本好きな家族5人は、全く知らない。
 この家以外の思わぬ場所で、自分たち家族がそれぞれ、ちょっとした接点を持ち合っていたことを。

 

 図書館。
 そこは、老若男女、様々な人の、様々な思いが行き交うところ。


360000番ゲットのbeatさんのリクエストにおこたえした1作です。
ご希望は、「図書館に集まる人の恋愛」。主人公は男子高校生…とのこと、だったの、ですが。
…全然、違ってしまいました(汗) 何故か、こういう設定が頭から離れてくれず、辛うじてご指定通りのキャラを1名出すのがやっとでした(一応、ご本人了承のもと)。
図書館の面白さって、暇を持て余した老人から、児童館と勘違いしている幼稚園生まで、あらゆる年代層の人がいることだと思うんですね。で、こんなお話になりました。
なお、わざわざ言うまでもないですが、図書館の司書とその彼氏は、あの2人です。卒業後、1年目の夏のお話。
ハハハ…続編希望が多いですが、こんな形でしか出せません(^^;(あの話は、あれで完結しているので、続編を書ける類のものではないのです)
関連するお話:「忠犬とご主人様の恋愛事情」


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