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裏帰り道

 

※ご注意※

この作品は、「帰り道」を読まないと訳が分からない仕組みになっております。
また、話の性質上、生真面目な方、ふざけた真似をされるとキレる方、清く正しく生きることをモットーとされている方には不向きな作品となっております。

そんな訳ですので、まずは「帰り道」をお読みになってください。
それから、不真面目な人間になって下さい。
以上2点をクリアしてから読むことをお勧めします。


準備はよろしいですか?

では、どうぞ。

 

 ピンポーン、という呼び鈴の音に、鈴音はパタパタとスリッパの音を立てながら、玄関へと走っていった。
 「はぁーい?」
 「鈴木? 俺」
 無愛想な声が、ドアの向こうから聞こえる。その声は、日々聞きなれた声だった。
 なんでこんな時間に、と思いながらも、鈴音は慌ててドアを開けた。その向こうから現れた声の主は、やっぱり予想通りの人物―――鈴音の彼氏、森下 徹だった。
 「森下君!」
 「ごめん、夜分遅くに」
 既に午後10時を回っているというのに、森下の服装は制服のブレザー姿のままだ。一緒に下校したのだし、秀才の森下は塾にも通わず真っ直ぐ家に帰るのだから、「じゃーまた明日ねー」と言って別れてから6時間、ずーっと制服姿だったとは不自然な話だ。
 「ううん、別に時間はいいんだけど。…何? どうしたの?」
 「鈴木のお父さんに、用事があるんだ」
 「は? うちのお父さん?」
 森下と父とは、面識がない筈だ。なのに、なんだって父に用事があるのだろう?
 「お父さんなら、まだ会社から帰ってきてないんだけど」
 「ふーん…。何時頃になる?」
 「多分、もうそろそろだと思うよ。毎日、10時台に大体帰ってくるから」
 「じゃあ、待たせてもらってもいいかな」
 「? どうぞぉ?」
 こんな時間に、男の子を家に上げるのもどうかと思うけれど―――相手は彼氏なのだし、母親も森下とは面識があり、しかも「森下君て礼儀正しくて秀才で、あんたにはもったいないわねぇ」と言ってる位なのだから、大丈夫だろう。

 鈴音が来客用スリッパを用意すると、森下は「お邪魔します」と言いながら玄関に上がった。
 いつも通り、礼儀正しい森下。けれど―――どことなくいつもと違う様子に、鈴音は首を傾げ続けた。

***

 こんな時間に女の子の部屋に入るわけにも、と森下が言うので、鈴音と森下は、居間のテレビを使ってゲームをしながら父の帰りを待った。
 「鈴木って、思いのほか格闘モノが上手いな」
 「そぉ? 適当にボタン押してると、なんか勝っちゃうだけなんだけどなー」
 「あっ」
 鈴音が適当にボタンを押したら、テレビ画面の中で、鈴音が操るチャイナ服の女の子が、森下が操る仙人みたいな長い髭の老人を投げ飛ばし、更にその上からニードロップをかました。ギリギリのライフゲージで頑張っていた仙人は、その連続攻撃で余命を使い果たし、K.O.された。
 「わーい、また勝っちゃったー」
 「…ただの運だろう」
 「運も実力のうちだもん」
 「こんなところで運を使うんじゃない。勉強で使え、受験生」
 「ううっ…、森下君のいじわる」
 相変わらず、順位表の左端と右端をキープしてる森下と鈴音なので、鈴音はどう頑張っても森下に頭が上がらない。それより、なんだって毎回毎回、51位でも49位でもなく50位なのだろう、と、自分の“50位定着”状態に首を捻ってしまう。
 ―――ま、もっと首捻っちゃうのが、なんで森下君が私の彼氏なのか、ってとこだけどさ。
 学校全体が首を捻ってる自分たちの関係だが、実は一番首を捻っているのは、鈴音本人だったりするのだ。


 森下が連続5回ほど負けた辺りで、父が帰宅した。
 「ただいまー」
 「あ、帰ってきた」
 玄関から聞こえた父の声に、鈴音はコントローラーを放り出し、立ち上がった。
 「お父さん、おかえりー」
 居間から顔を出して鈴音が言うと、背広姿の父は、珍しいものでも見たように目を丸くした。
 「どうしたんだ、鈴音? わざわざお出迎えだなんて」
 「うん、実はね、お父さんにお客さんが来てるんで、待ってたの」
 「お客さん?」
 不審げな顔をした父だったが、
 「―――お邪魔してます」
 鈴音の背後から森下が顔を出すと―――父の顔が、さーっと一気に青褪めた。
 「えっとね、この人…」
 「も、森下君っ!!!!」
 鈴音が紹介しようとするのを遮って、父が叫んだ。
 「ななななななんで、こんな時間に…!」
 「…すみません。緊急の用で」
 「とっ、とにかく、話を―――ああ、鈴音。お父さん、森下君と大事な話があるから、鈴音の部屋を借りていいかい?」
 物凄く挙動不審な様子で森下の腕を掴み、父が鈴音を振り返る。部屋、きちんと整理してあったかな、と少々不安になったが、とても慌てているらしい父の姿に唖然としてしまっていた鈴音は、さして深く考えることもなくコクリと頷いてしまった。
 「じゃあ、鈴音。暫くゲームでもしてなさい。呼ぶまで、部屋には近づいちゃダメだよ」
 「…うん…」
 そう言い残すと、父はそそくさと森下を連れて2階に上がってしまった。


 ―――…ええと。
 お父さん、いつの間に、森下君と顔見知りになったの???
 彼氏のいることも森下という名前も、これまで一応話題には上っていたものの、顔までは知らない筈なのに―――鈴音は首を傾げた。第一、鈴音の彼氏を連れて行っておいて「暫く近づくな」とは無茶を言う。いや、それを言うなら森下だって、会ったこともない父に“用事”があって、しかもこんな時間にわざわざ会いに来るなんて…物凄く、変だ。

 …怪しい。

 ぱたん、と自分の部屋のドアが閉まる音を聞きながら、鈴音は眉間に皺を寄せた。

***

 “鶴の恩返し”の時代から、「決して覗いてはいけませんよ」という言葉は、「覗いてごらんなさい」という展開への布石に過ぎない。
 勿論、鈴音も同じである。父と森下が2階に上がってしまった1分後、足音を忍ばせながらそっと階段を上がった鈴音は、自分の部屋のドアに耳をくっつけ、息を潜めた。

 『困るじゃないか、こんな時間に』

 まず聞こえたのは、父の困ったような声だった。

 『すみません…緊急事態だったので、なんとしても今夜中にお会いする必要があったんです』

 森下の声も聞こえる。高校生と中年サラリーマンの会話とは思えないが、森下は元々こういう喋り方だから、別に変じゃないのかもしれない。でも…やっぱり、どことなく変だ。

 『緊急事態だって? 何かトラブルがあったのか』
 『ターゲットを誘い出す途中で、邪魔が入ったんです。意外と警戒心が強いターゲットですから、“この次”はないですよ。薬物は使えません。諦めましょう』

 ターゲット?
 薬物?
 なんだなんだなんだ。高校生と中年の会話にはそぐわない単語が、ずらずらと並びだす。鈴音は、更に耳をドアにぎゅーっと押し付けた。

 『うーん…そうなると、飛び道具だな』
 『幸い、ターゲットは、マンションが林立する地区で、2階建てアパートの2階に住んでますよ』
 『ということは、屋上から狙えるな』
 『そうですね』
 『距離はどの位かね』
 『500メートルもあれば十分です』
 『今、スタンダードなところしか揃ってなくてね。レミントンの700なら常備してるけど、それならいけるかな』
 『射程距離は問題ありません。問題は整備状況ですね』
 『誰が整備してると思ってるのかね』
 『そうでしたね』

 飛び道具。
 射程距離。
 レミントンの700が何者か分からないけれど、その2つの単語からはじき出される答えは、ただ1つ―――ライフルとか、そういう“銃火器”だ。
 そして、その前に出てきたターゲットという単語とそれを繋ぎ合わせると、そこから浮かび上がるのは―――…。
 “狙撃”、という、映画の中にしか出てこない単語。ただ、それのみ。

 「…っ、ちょーーーーーっと、待ったぁぁぁぁぁ!!!!!」

 バターン! と派手を立てて、鈴音はドアを開け放った。
 部屋の中で膝を突き合わせて座っていた父と森下は、ギョッとしたように鈴音の方を見た。そして、ゼーゼーと肩で息をしている鈴音の様子に、今までの話を全て聞かれたと察し、2人して狼狽しだした。
 「す、すずねっ、今の話を…」
 「聞いたわよっ! ちょっと、私の彼氏に、なんて話をしてるのよおとーさんっ!」
 「待て、鈴木。お父さんを責めるのは間違ってる」
 こんな場面だというのに、狼狽気味とはいえ、森下の声は冷静だった。今にも父に掴みかかりそうになっている鈴音に歩み寄ると、森下は鈴音の肩を押さえて、まあまあ、と宥めた。
 「鈴木には秘密にしておく約束だったんだがなぁ―――バレてしまっては仕方ない」
 「何がよっ」
 「いいか、鈴木。落ち着いて聞け」
 眼鏡のフレームを軽く押し上げて眼鏡の位置を直すと、森下は、じっと鈴音の目を見つめた。

 「実は俺、必殺仕事人なんだ」

 「―――……」

 必殺仕事人?

 「…あの、それって、中村主水が出てきたり、三味線屋が“南無阿弥陀仏”って背中に書いてたり、“またつまらぬ物を斬ってしまった”とか言うやつじゃあ…」
 「一部違うアニメも混じってるようだが、おおむね正解だ」
 「時々再放送やってる時代劇ドラマだよね?」
 「そう」
 「テレビ朝日だよね?」
 「なんだ。随分詳しいな。もしかして鈴木もファンなのか?」
 「ううん、お父さんが好きで、よく録画頼まれるから。でも、あの―――もう1度確認するよ? ドラマだよね?」
 「“あれ”はな」
 「…森下君が必殺仕事人、って、いったいどういう意味?」
 「その言葉のとおりだ。“あれ”はドラマ。でも、ああいう職業そのものがフィクションか、と言われたら、それは違う。いるんだ、現代の日本にも、実際に」

 必殺仕事人、といったら、あれだ。お金を貰って、悪いやつらを成敗する人々。
 要するに、殺し屋。
 「……」
 つまり―――森下、イコール、殺し屋。

 「うそおおおおおおぉぉ!!!!!??」
 「こら、鈴音。時間を考えなさい、時間を」
 父が眉を顰めてたしなめたので、鈴音は慌ててボリュームを絞った。第一、こんな話、階下にいる筈の母にバレたら大変だ。もうすぐ姉も帰ってくるんだから、余計まずい。
 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよっ。森下君、普通の高校生でしょ!?」
 「ああ。だから俺の場合、仕事人てのは変なんだけどな。仕事人は“殺し屋以外に職業持ってる連中”であることが前提だから」
 「そーじゃなくてっ! なんで高校生が殺し屋なんかに…」
 「うーん…うちの場合、世襲制だからなんとも…」
 「世襲制!?」
 「そう。俺の父さんも、結構有名な殺し屋でさ。まあ、有名になりすぎたせいで、あんな結末になっちゃったんだけど…」
 森下の父は、母ともども、森下が幼い頃に亡くなっている。確か、交通事故で。
 「森下家は、息子が殺し屋稼業を代々引き継ぐことになってるんだ。しかもそれは、息子にだけ教えることだから、姉貴や母さんはその事実を知らない、という訳」
 「…殺し屋の世襲制度なんてあるんだ…」
 「守秘義務の塊みたいな職業だからね。こうやって存続する方が安全なんだよ、秘密を守り通すには」
 「…はぁ…」

 信じられない話だが―――本当のことらしい。もっとも、冗談を真面目な顔して言うことの多い森下だから、100パーセント信じる気にはなれないが。

 「…ねえ。さっき、ターゲットの話してたじゃない? 薬物は無理だから飛び道具使うって」
 半信半疑ながら、鈴音はとりあえず、当面の疑問を口にした。
 「あれって、誰を狙ってるの?」
 「ああ―――実は、今回はちょっと特殊な筋からの依頼なんだよなぁ…」
 「特殊?」
 難しい顔をした森下は、こめかみをカリカリと掻きながら、言いにくそうに言った。
 「俺の姉貴の彼氏の兄貴の恋人からの依頼なんだ」
 「……」
 ―――はい?
 一度で理解するのは、鈴音の頭では無理だった。
 「あの…もう1回」
 「俺の姉貴の彼氏の兄貴の恋人からの依頼」
 「…ごめん。もうちょっとゆっくり」
 「俺の姉貴の、」
 森下の姉―――は、知っている。森下冬美といって、今は大学3年生だ。森下とよく似た凛々しい女性で、鈴音も何度か会ったことがある。
 「うん」
 「その彼氏の、」
 森下冬美の彼氏―――も、知っている。永峰 悟といって、森下の姉と同い年だ。背が高くて誠実そうな、頼れるお兄さんといった感じの男性で、森下の姉に会った時、一緒に紹介された。
 「うん」
 「その兄貴の、」
 永峰 悟の兄―――も、知っている。永峰圭司といって、森下の姉より更に4つ年上らしい。ワイルドな外見で、永峰弟とはあまり似ていなかった。この人物にも、以前、会ったことがある。何故ならその時、永峰兄弟がダブルデートをしていて、そこに鈴音と森下のカップルも合流させてもらったから。
 「うん」
 「その彼女からの依頼」
 永峰圭司の彼女―――も、当然知っている。戸川麻美といって、永峰兄の大学時代の同級生…だが、永峰兄が一浪しているので、1歳年下らしい。できる女をそのまま地で行くような、迫力美人だった。
 つまり、依頼主は戸川麻美。
 「ちょ…っと、なんで!? なんであの美人おねーさんが!?」
 「永峰兄にしつこくしつこく言い寄る女が、永峰兄の会社にいるんだって。ストーカー行為がヒートアップして、放火されたり交差点で突き飛ばされたりと命の危険を感じつつある上、その女の親が警察の署長だって話で、事件化もできなくて困ってるらしい。で、抹殺指令」
 「うわぁ…」
 「警戒心の強い女で、なかなか隙を見せないんだよな。だから、一番油断してる家にいる時を狙うために、ライフルを急遽調達する必要があったんだ。姉や、同居してる叔母夫婦は、俺の仕事のこと知らないから、家に火器は置かないようにしてるからね」
 そこまで森下が言ったところで、はた、と思い出した。

 『今、スタンダードなところしか揃ってなくてね。レミントンの700なら常備してるけど、それならいけるかな』

 「―――…お父さん」
 それまで鈴音の背後に大人しく座っていた父は、鈴音の地を這うような声に、ビクリと体を震わせ、正座し直した。
 「まさか、お父さんまで必殺仕事人だなんて、言わないよね…?」
 「ち、違うぞっ。お父さんが殺し屋な訳がないじゃないか」
 「じゃあなんで、森下君が武器の調達に、お父さんに会いに来るのよ」
 ギロリ、と鈴音が睨むと、父の顔が引きつった。
 「それは…」
 「どーゆーことよっ」
 「―――分かった。本当のことを言おう」
 逃げおおせるのは無理、と悟ったのか、父はガクリとうな垂れ、そう呟いた。
 「…お父さんはな、武器調達とか、情報収集とか、そういうのを担当してるんだよ」
 「は?」
 「つまり、後方支援部隊。すまん―――鈴音の彼氏になるよりずーっと前から、実は、森下君とは知り合いだったんだ」
 「ええ!?」
 「それから、お前が森下君と親しくなるきっかけとなった、あの事件。ほら、学校帰り、交差点から先に進めなくて大騒ぎになったことがあっただろう?」
 それは―――確かにあったが、あれは結局夢だったというオチだった気がするのだが。
 「夢、だよね?」
 「いや。あれは、現実だったんだ」
 「嘘っ!」
 「あれはな。お父さんを狙った組織が、お前たちを嵌めようとしてやったことなんだ」
 「そ、組織!?」
 「いいかい、鈴音。驚いちゃいけないよ」
 父は顔を上げると、至極真面目な、どこか悲しげな顔で、鈴音にこう告げたのだ。

 「実はお父さんは、元CIAの工作員だったんだ―――」

 

 

 ピピ! ピピ! ピピ! ピピ!

 「―――…!!!!」
 大音量の目覚ましの音に、うなされ続けていた鈴音は、ガバッ! と起き上がった。

 いつもと変わらない、自分の部屋の様子が目に入る。
 よほど夢に意識を持っていかれていたのだろう。スヌーズ機能を使い果たした目覚まし時計は、これ以上大きくなれない音量にまでボリュームが上がっていた。目覚めてみると、そのあまりの大音量に心臓が縮みあがる。慌てて鈴音は、目覚まし時計の頭についてるスイッチをバシッと叩いて止めた。

 「…ゆ…夢オチ?」

 ダラダラ流れる汗を手の甲で拭いながら、呟く。
 良かった、夢で。

 ―――いや。

 本当に、夢オチだろうか。あまり、自信がない鈴音だった。


***


 「わははははははは」
 鈴音の話を全部聞き終わると、森下は、珍しい位に大声で笑った。
 涙すら浮かべて豪快に笑っている森下は、今日は制服姿ではない。チェックのシャツにGパンという私服姿だ。今日は日曜日―――鈴音の家に遊びに行くべく、待ち合わせした本屋から鈴音の家へと向かっている途中なのだ。
 「もーっ! そんなに笑うことないじゃんっ!」
 「いや、だって、笑うだろ普通。日頃、俺のこと“映画の見すぎ”だの“想像力ありすぎ”だのって散々言う鈴木が、そんなベタな夢見るなんてさ」
 「森下君が変なことばっかり言うから、フツーだった私が変な風に感化されちゃったんだもんっ」
 森下は、スパイとか諜報機関とか、そういう話が大好きなのだ。見る映画もそっち系統が多いし、読む本もしかり。鈴音にそうした趣味は全くない―――筈、なのだが、森下と付き合うようになってからは、どうもそっち系統に趣味が傾きつつある気がして怖い。
 「いや、趣味の傾向はどうあれ、鈴木は元々、想像力が俺以上に豊かだったよ」
 「そんなことないもん」
 「あるって。ああ、面白い―――これだから鈴木の彼氏、やめられないんだよなぁ」
 「……」
 どうにも、秀才・森下 徹が自分の彼氏、ということに疑問を抱かずにいられない鈴音だが、森下が自分を好いてくれていることは、こういう時、なんとなく実感するので、信じられる。森下はよく、鈴音の言動に対して「ツボ入った」と笑いながら言うが、周囲の人間曰く、森下がそんなにウケるなんて、鈴音に対してだけらしい。つまり、森下からすると、鈴木鈴音という存在そのものが「ツボ」なのだろう。
 「もしかして鈴木、今日初めて俺のことお父さんに紹介するから、緊張して変な夢見たんじゃない?」
 くすくす笑いながら森下に言われて、鈴音は面白くなさそうに唇を尖らせた。
 「…不本意ながら、そうかも。だって、うちの家族って、両親もお姉ちゃんも、揃って私をからかうのが趣味みたいな奴らばっかりなんだもん。お父さんなんて、顔も知らないうちから、森下君ネタで何度もからかってくるんだよ? 顔知っちゃったら、余計エスカレートしそうでヤダ」
 「それだけ鈴木がからかい甲斐のある奴、ってことだろ」
 「ひっどーい!」
 憤慨してポカポカと殴りかかる鈴音に、森下は「ごめんごめん」と笑いながら言ったが。
 「―――あ。でも、鈴木の夢、微妙に正夢かもなぁ」
 突如、そんなことを言って、鈴音を不安にさせた。
 「な…なに、それ。どういう意味?」
 「さて。どういう意味でしょう」
 「???」
 鈴音には、どこがどう正夢なのか、さっぱり分からなかった。

 

 その意味が分かったのは、それから5分後―――鈴音の家に2人が到着し、父が玄関先に出てきた時だった。
 休日モードの脱力した服装の父は、森下の顔を見るなり、ニンマリと笑ってこう言ったのだ。

 「やあ、コードネーム・“ファルコン”。久しぶりだね」
 「は!?」
 お父さん何言い出すの、と目を見開く鈴音の横で、森下は涼しい顔で、二コリと微笑んだ。
 「お久しぶりです、コードネーム・“イーグル”。半年振りですか」
 「うん、その位かねぇ」
 「―――…」

 コードネーム―――って、何?
 それって、スパイ映画とか、007とか、そーゆーので出てくるもんじゃあ…???

 「あ…あの、いったい、どういう…」
 今朝目を覚ました時と同じ位の冷や汗をダラダラかきながら、鈴音が恐々口を挟む。
 すると、父と森下は同時に吹き出し、目線だけでどちらが説明するかを相談しあい、結局父の方が口を開いた。
 「実はね。森下君とは、鈴音が森下君と付き合いだす前からの知り合いなんだ」
 「えっ!!」
 「ネットでお父さんが所属してるサークルに“ハードボイルド研究会”ってのがあってね。偶然、森下君もそこの会員だったんだよ」
 「……」
 ハードボイルド研究会。
 そういえば―――父の部屋の書棚には、007のノベライズものとか、ハンフリー・ボガートものとかが、結構並んでいたような気が…。
 「オフ会も2度ほどやったかな。そこで森下君とも会ってるんだよ。ね? 森下君」
 「そう。そのサークルでの俺の愛称が“ファルコン”で、お父さんの愛称が“イーグル”って訳。“微妙に正夢”の意味、分かっただろ?」


 父も森下も、ニコニコ笑っている。
 けれど、鈴音の顔は、笑顔にはほど遠い。


 ―――これは、夢オチじゃないんだよね…?


 そう。無情にも、これは夢オチではないのであった。


450000番ゲットの泉崎薫さんのリクエストにおこたえした1作です。
ご希望は、「高校生の女の子とプロの刺客orスパイ(女の子が実は刺客用の道具売ってる店の一人娘だとか)」。
・・・このリクで、いったいどうやって、「限りなくリアルに近い日常ファンタジー」を書けと・・・(滝汗)
結局、こんな話になりました。注意書き付です。スパイと言ったら、やっぱり森下ですよね(何故)
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