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   西暦2019年の遠距離恋愛  


 画面の向こうの達彦は、ちょうど今から1年2ヶ月前に見た時と、ほとんど変わっていなかった。
 ひとりで慣れない場所で、一生懸命生きている達彦である。恋人である真由としては、せめて電話で彼を慰めたい、と思うのである。真由はその日、おととい買ったばかりの真新しい若葉色のワンピースを着、達彦が旅立つ前にプレゼントしてくれた真珠のピアスをつけた。緑は達彦が好きな色である。きっと喜んでくれるだろう。
 「ああ、いいなぁ、その服の色。今年買ったの?」
 やはり、達彦が17インチの画面の向こうでそう言って笑った。
 「うん。だって、あなたに会えるって業者から連絡あって、うれしかったんだもの。あれこれ悩んで、やっとおとといこれに決まったのよ」
 「順番来るまで、どのくらい待ったの」
 「7ヶ月。もう、予約が殺到してて、今からじゃ8ヶ月待ちよ」
 「そうか。こっちには、そんな便利な業者もないからなあ」
 達彦は、すまなそうに肩を小さくした。スポーツマンでがっちりした体躯の達彦が、そうするとまるで小学校にあがりたての子供のように見える。真由は、思わず吹き出した。

 昔なら、こんなことは考えられなかったに違いない。
 達彦は、真由のいる日本からは、ずっと遠くにいる。が、17インチの画面越しとはいえ、まるで本人が目の前にいるかのように、タイムラグなしに顔を見て話せるのだ。髪がのびたとか、ちょっと日焼けしたとか、そういうことも、目で見てわかる。映像のクリアさが、無機質な画面のガラス部分を感じさせないでいてくれる。

 「どう、そっちは。楽しくやっているの?」
 「楽しいわけないだろう。こっちじゃ俺、1人なんだぞ。そりゃ多少知り合いもできたけど。だいたい、俺のまわり、じいさんやばあさんが多くてさ」
 「あーら、どうかしらね。綺麗な女の子つかまえて、浮気してるんじゃないの?」
 真由はそう言って、唇をとがらせてみせた。達彦は、とんでもない、というふうに、首のもげた人形よろしく、ガクガク頭を振った。
 「まさか! 冗談じゃないよ。意外とこっち、忙しいんだぜ。若手が少ないから、俺なんて格好の働き手でさ。こきつかわれてて、綺麗な女の子なんてつかまえてる余裕ないよ」
 「やあねえ、冗談だってば、冗談」
 「真由こそ、そろそろ新しい彼氏見つけてるんじゃないのか?」
 「まさか。私は、達彦ひとすじよ」
 陽気に笑う真由の顔を眺めつつ、達彦は、ふっと淋しそうな表情をした。
 「本当に、いい奴がいれば、そろそろ決めてもいいんだぞ。俺にしがみついてなくたって」
 「うん…。でも…」
 真由が何か言いかけた時、画面下のタイマーが、ピコピコピコ、と可愛らしい音をたてた。契約の30分が過ぎたのだ。
 真由と達彦は、残り10秒の警告音をききながら、その時間を少しでも長く記憶にとどめようと、画面越しにお互いをじっと見詰めた。
 「じゃあ、真由。元気で」
 「達彦もね」
 そして、画面に一瞬のノイズが走り、契約の30分が終わった。

 真由の胸の中は、会えなかった1年以上の間よりも強い淋しさと空虚感でいっぱいになっていた。
 7ヶ月待って、やっと会えたのに、もうおしまい。今度運良く予約がとれるのは、一体何ヶ月先だろう。

 「お客さん、終わられたら、すぐ席を空けて下さいね。お待ちの方が大勢いらっしゃるんだから」
 「あ、はい、すみません」
 案内係に言われ、慌てて真由は席を立った。すぐさまその足で、『予約カウンター』へ向かった。次回の予約をするためだ。
 「予約をお願いします」
 「よろしいですよ。ただ、あいにく来年の7月までは予約でいっぱいです。今月がクリスマスシーズンで、予約者があいつぎましたから」
 「かまいません。8月でいいです。順番が来るまで、待ってます」

 ―――いいの、8月でも。8月はちょうどお盆があるもの。

 真由は手早く予約票に名前や住所を書き込み、その会社『四次元通信社』をあとにした。その足取りは、来年の8月のことを思ってか、さっきよりも幾分軽かった。
 まだ太陽は頭の真上にある。お昼を食べて、花束を買ったら、達彦のお墓参りに行こう。また8月に会おうね、って言いに行こう。


 こうして、あの世とこの世の遠距離恋愛を手助けする『四次元通信社』は、不況の2019年にあって、今日も大勢の客で賑わうのだった。


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