キリリク断念ストーリー・ランキング

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2006年8月〜9月に行われた「キリリク断念ストーリー・ランキング vol.3」。
キリ番を取ることを断念した(?)方々の多数の投票をいただきました。みなさん、ありがとうございました。
結果のほどは こちら をご覧下さい。(ログの取り忘れで、コメントは出てません。結果のみです)
なお、今回は、「Presents」に、このお話と対になるお話があります。 →「父の都合 息子の事情」

 


 

母の都合 娘の事情

 

 

 うちのパパとママは、職場結婚だったらしい。
 私が2歳の頃までは、ママは子育てに専念してたけど、3歳になると、私を保育園に預けて職場復帰した。
 朝、2人で私を保育園まで連れて行き、帰りは大抵ママが迎えに来る。パパが早く帰れる日は3人で手を繋いで帰る。それが、3歳の頃の私の日常だった。

 けれど、私が4歳になるちょっと前……パパが、事故で亡くなった。
 お葬式のことは、少しだけ覚えている。周りに大人がたくさんいて、みんな真っ黒い服を着ていたから、それが不気味で怖くて泣いたっけ。パパの死を、どれほど理解してたかは、自分でもよくわからない。ただ、それから暫くは、パパがいないことが悲しくて寂しくて、結構ママを困らせるほど泣いたり駄々を捏ねたりしたような気がする。
 私は、パパが大好きだった。
 保育園の送り迎えのことや、公園で遊んでくれたこと、一緒にお昼寝する時には必ずおなかの上に乗っけてくれたことなんかを、ちゃんと覚えてる。
 でも…私は、小さかった。だから、パパの顔の記憶は、とても曖昧だ。

 私がユキちゃんたちと知り合ったのは、多分、生まれてまだそんなに経たない頃だったんだと思う。

 ユキちゃんのお父さんは、パパやママの職場の同僚で、パパと仲が良かった。歳がちょっと離れてるけど、パパが新卒で入社した年に、ユキちゃんのお父さんが中途採用で転職してきたから、「一種の同期みたいなもんだよ」だそうだ。(こういう話は、勿論、パパが亡くなってから随分経って、私がそういう話を理解できるようになってから、ママから聞いた)
 私が物心ついた時には、もう、ユキちゃん一家とうちの家族は、いわゆる「家族ぐるみのお付き合い」をしていた。
 一番古い記憶は、2家族7人で、どこかの川原にバーベキューをしに行った時のこと。多分、私が3つか4つの時だ。でも、それが初めてのバーベキューじゃなかったことは、それより前のバーベキューは覚えてないのに、何故かわかっている。どういうことなんだろう? 覚えてないのに、覚えてるって。不思議な話だけど、とにかく―――ユキちゃんたちとは、私が物心つく前からの付き合いだと思う。

 パパが亡くなってからも、ユキちゃんたちとの交流は続いた。
 母子家庭になってしまった私たちのことを、気遣ってくれていたんだろう。ユキちゃんと、タッちゃんと、そのお父さん、お母さん―――うちに遊びに来たり、逆にユキちゃんたちの家に遊びに行ったり。
 ママが、ユキちゃんのお父さんと同じ職場だから、というよりも、ユキちゃんのお母さんとうちのママがもの凄く仲が良かったから、だと思う。実際、ユキちゃん一家と顔を合わせると、ユキちゃんのお父さんはもっぱら私やタッちゃんの子守り状態で、ユキちゃんのお母さんとママは、子供そっちのけでおしゃべりに花を咲かせていた。

 

 「でも、千春さんって、すごく若いよなー。つぐみのママっていうより、姉ちゃんみたい」
 タッちゃんが、アイスを食べつつそんなことを言ったのは、確か、私が小1、タッちゃんが小3の時。
 ママは、みんなから「千春さん」て呼ばれてた。ユキちゃんの両親がそう呼ぶから、自然とそうなったんだと思うけど―――それ以上に、見た目がとっても若いから、「つぐみちゃんのお母さん」とか「おばさん」とか呼ぶ気にならない、という事情もあるのかもしれない。
 「ママは、ママだよ。お姉ちゃんじゃないよ」
 「千春さん、いくつ?」
 「んーと……28? 29?」
 「げっ! うちのお母さんと9つも離れてる!」
 ママの年齢を聞いて、タッちゃんは、アイスを落としそうになるほど驚いた。
 「えええー! なんでだよ! オレとつぐみは2つっきゃ離れてないのに、なんでお母さんと千春さんが9つも違うんだよ!」
 「そんなの、私にもわかんないもん」
 考えてみたら、当たり前の話だ。
 タッちゃんには、5つ離れたお兄さん―――ユキちゃんがいるんだから。
 ユキちゃんが、その頃の私と同じ小1だった時、ユキちゃんのお母さんは30歳だ。うちのママと、2つしか違わない。つまり、私はママの最初の子、タッちゃんはおばさんの2人目の子。その違いだ。そんなことは、今では当たり前にわかる。
 でも、私より2こ上のタッちゃんは、おバカだった。理解不能な年齢差に、とんでもないことを言い出した。
 「つぐみぃ、お前、ほんとは千春さんの子供じゃないんじゃない?」
 「えっ」
 「だってさぁ、千春さんとつぐみ、全然似てないじゃん。すごく若いし。本当は姉ちゃんなんじゃない?」
 「…普通、お姉さんと妹も、似てるんじゃないの?」
 「オレと兄ちゃん、似てないじゃん」
 「……」
 「ほらぁ。やっぱりそうだよ。千春さん、つぐみのママじゃないんだよ」
 私は、その言葉を本気にして、大泣きしてしまった。

 わぁわぁ泣き出した私にビックリしたタッちゃんは、大慌てでユキちゃんを呼んできた。
 私が何で泣いているのか、タッちゃんから説明を受けたユキちゃんは、目を三角にしてタッちゃんの頭をげんこつで殴った。
 「バカか、お前は! なんて酷いこと言うんだ。つぐみが泣くのは当たり前だろっ」
 「…だって…」
 「うわああああん、私、もらわれっ子なんだあああぁ」
 悲劇のヒロインになって大泣きする私を、ユキちゃんは頭を撫でて宥めてくれた。
 「大丈夫だよ。竜哉(たつや)は小さくて覚えてないだろうけど、俺はつぐみが生まれたばっかの時のこと、ちゃんと覚えてるよ」
 「…う…生まれたばっかりの時…?」
 「うん。家族で見に行ったんだ。病院が家から近かったから、つぐみのおじいちゃんやおばあちゃんより、俺の方がつぐみ見たの早かった。ちゃんと千春さんがお母さんだったよ」
 「ホント?」
 「つぐみは、お父さん似なんだよ。ほら、うちも、俺が母さんに似てて、竜哉が父さんに似てるだろ?」
 「……」

 後で、アルバムに貼ってあるパパの写真と、鏡に映した自分の顔を、じっくり見比べてみた。
 ……笑ってしまうほどに、そっくりだった。ただ、口元だけは、パパじゃなくママ似だったみたい。
 私は安心し、ママは大笑いしてたけど、タッちゃんはおじさんやおばさんにまで叱られ、しゅんとしていた。そんなタッちゃんを、最初に叱った筈のユキちゃんは、後でこっそり慰めていた。

 そんな風に―――ユキちゃんは、昔から、優しかった。

 

 「なぁなぁ」
 「何?」
 「オレ、つぐみが好きなんだけど、つぐみはオレのこと好き?」
 突然、タッちゃんがそう言ったのは、私が小3の時。家族総出で、うちに遊びに来ていた時だった。
 「? 好きだよ?」
 「ホント?」
 やった、と言ったタッちゃんは、続いて、とんでもないことを言った。
 「じゃ、キスしよ、キス」
 「きす?」
 なんで私が、タッちゃんと?
 「え、駄目? 好きって言ったじゃん」
 「キスって、カレシとするんでしょぉ? タッちゃんのことは好きだけど、そういう“好き”じゃないなぁ」
 「えー。なんだよ」
 目に見えて、タッちゃんがガッカリした顔になる。どうやら、タッちゃんは「そういう“好き”」の意味で、私が好きだったらしい。
 そんなタッちゃんに、私は、相当に無慈悲なことを言い出した。
 「キスするなら、ユキちゃんがいいなぁ」
 「えっ」
 「私ね、大きくなったら、ユキちゃんのお嫁さんになるのが夢なんだ」
 「…へー」
 タッちゃんが、面白くなさそうに相槌を打つ。
 「どこがいいのか、わかんねぇ」
 「えぇ、カッコイイよ、ユキちゃん。優しいしー、頭いいしー、なんてゆーか、こう……大人のミリョク?」
 「バカ。お前より7つも年上なんだよっ。大人に見えるのは当たり前だろっ。お前が“女ザカリ”になる頃には、兄ちゃんはジジィになってるぞ」
 「酷いっ!」

 意味もわからず、聞きかじった単語を並べ立てた私とタッちゃんは、そのうち言い合いになって、大喧嘩してしまった。
 例によって、ユキちゃんが仲裁に入って丸く収まったのだけれど、タッちゃんは、私に振られた腹いせをしっかり忘れなかった。

 「兄ちゃん。つぐみ、将来兄ちゃんと結婚するんだってさ」
 「え?」
 何の冗談? という顔をするユキちゃんを見て、私は恥ずかしさのあまり、押入れに逃げ込んで、夜まで立てこもった。
 ママも、おじさんも、おばさんも、この話を聞いて大笑いしていたけれど―――私は、本当に死んでしまいそうなほど恥ずかしかった。
 具体的なことは何もわかっちゃいなかったけれど、私のユキちゃんに対する“好き”は、本物だったから。

 いつから、なのかは、わからない。
 とにかく―――ユキちゃんは、私の初恋の人だった。

 

 私が小4だった、ある日。ママが、真剣な顔で、私にこう言った。

 「あのね、つぐみ。佐藤さんの奥さん―――雪哉(ゆきや)君と竜哉君のお母さんが、病気になったの」
 「病気? 風邪ひいたの?」
 「…違うの。乳がん、っていう病気」
 「すぐ治るの?」
 「…ううん」
 「じゃあ…いつ、治るの?」
 「……」
 ママは、答えられなかった。

 おばさんは入院し、手術をした。
 私とママは、何度もお見舞いに行った。お見舞いに行くと、病室には、いつも誰かが―――おじさんか、ユキちゃんか、タッちゃんか、誰かしらがおばさんに付き添っていた。みんな、絶対治る、って信じてた。でも……おばさんだけは、信じてなかったみたい。
 結局、おばさんの直感の方が正しかった。
 私が5年生の夏、おばさんは、この世を去った。

 お葬式では、ママが一番泣いてた。
 おじさんは、覚悟をしていたみたいに落ち着いてたけど、なんだか体が一回り小さくなっちゃったように見えた。タッちゃんは、目を真っ赤にして涙を堪えていた。
 そして、ユキちゃんは―――そんな2人を、励ましていた。時折、口を真一文字にぎゅっと結んで、こみあげてくる涙を飲み込みながら。
 私とママがご焼香をすると、ユキちゃんは丁寧に頭を下げ、
 「―――…ありがとうございました」
 と重々しく言った。
 私は、まだどこか呆然としていて、ママのようには泣けなかったんだけど……頭を下げたユキちゃんの目に、初めて涙が光っていたのを見て、急激に悲しくなって、泣いてしまった。

 

 そして。
 月日は、流れた。


***


 「こんにちは」
 「あ、いらっしゃい」
 佐藤さんが、私とママをにこやかに出迎えた。どうぞどうぞ、と促され、私とママは佐藤家にあがった。
 最後に会ったのって、いつだっけ。
 確か、夏休みの最後に、会社のレクリエーションでキャンプに行った時だから―――2ヶ月位前? あの時は他の家族も一杯参加してて、なんかごちゃごちゃしてたから、なんか佐藤さん一家に会った、って実感が薄かった。その前となると…いつだっけ。ママは毎日、会社で佐藤さんに会ってるんだろうけど、私はそうじゃないから、ちょっと久々、って気分だ。

 「よ、つぐみ」
 居間に入る手前の廊下で、タッちゃんと鉢合わせした。
 「あ、タッちゃんだ。久しぶり」
 笑顔で挨拶したけど、なんか―――キャンプの時より、また伸びたんじゃない? 会うたびにグングン背が伸びてて、なんだかタケノコみたいだ。
 「なんだよ、つぐみ、また制服じゃないんだ。ちぇ…、ちょっと期待してたのに」
 「えぇ? 何の期待してるのよっ」
 「だって、つぐみんとこの中学、女子の制服が可愛いらしいじゃん。うちの中学のは色気ないからなぁ」
 「…休みの日にセーラー服着てる訳ないでしょ。見たければ平日に見に来れば、学校まで」
 「受験生にそんな暇あるかっ」
 「そっか。タッちゃん、年明けたら高校受験だもんね」
 「こらぁ、つぐみ。竜哉君も。立ち話してないで、早く入って」
 先に居間に入っていたママが、廊下で話してる私とタッちゃんを軽く睨んだ。肩を竦めた私たちは、ママの後について、居間に入った。
 そしたら。
 ソファに座っていたユキちゃんが、私の顔を見て、静かに微笑んだ。
 「いらっしゃい」
 ―――…どう返事すりゃいいか、わかんないよ…。
 「…うん」
 間の抜けた曖昧な挨拶をして、私はママの隣に座った。


 ユキちゃんとタッちゃんは、兄弟だけど、まるっきり対照的な容姿と性格をしている。
 弟のタッちゃんは、ちょっと三枚目キャラ入ったスポーツマン。いつ見ても日焼けした黒い顔をしてて、冗談か本気か、生まれてから一度も風邪をひいたことがない、なんて言ってる。頭はあんまり良くないけど、裏表のない明るい性格と愛嬌のある顔立ちのせいか、結構モテる。私が聞いただけで、中3になった今までに、3人位の女の子と付き合ってきた筈。勉強より断然遊び、のタイプだ。
 兄のユキちゃんは……名前通りの人。
 雪哉。その名のとおり、雪みたいに静かで、やさしい人だ。
 運動より勉強が得意で、映画と音楽が大好き。背はタッちゃんと同じ位だけど、上品な顔立ちだった佐藤のおばさんに似た顔立ちで、男臭さっていうか、汗臭さっていうか、そういうのを感じない。でも軟弱ってのとも全然違う。上手く説明できないけど、とにかく、アーガイル模様のセーターとか詩集なんかが似合うタイプ、だと思う。…この説明、友達にすると「少女漫画のキャラ?」って笑われるんだけど。
 多分、中3の時のユキちゃんより、今のタッちゃんの方がモテてると思う。行動派はやっぱり恋愛に強いなぁ、とタッちゃん見てると思う。
 でも―――やっぱり、私はユキちゃんが好きだ。

 ユキちゃんが高2の時、タッちゃんから「兄ちゃん、彼女できたらしいよ」って聞いた時には、2日間ほとんど何も食べられなかった。
 どんな彼女なのよ、とタッちゃんをぎゅーぎゅーに締め上げて、こっそり“写るンです”で撮ってもらったけど、見なきゃ良かった、って後悔した。だって……ユキちゃんの彼女、私と全然違うタイプなんだもの。
 私は、きつい顔立ちをしてる。周囲は「つぐみちゃんて美少女だよねぇ」なんて言ってくれるけど、私は自分の顔があまり好きじゃない。もっとこう、ふわふわと可愛らしい顔に……そう、うちのママみたいな顔に生まれたかった。美男子だったパパに似て良かった、とママは言ってるけど、私はママに似たかったなぁ。
 で、ユキちゃんの彼女は―――うちのパパとママなら、断然、ママの方に似てるタイプで。ふわふわーっ、とした、マシュマロみたいな人だった。
 結局、ユキちゃんが高3の夏におばさんが亡くなったし、受験もあったせいか、ユキちゃんと彼女さんは高3の秋に別れてしまった。
 その後、家計のためにも、と国立の難しい大学を受験して、合格。大学生になったユキちゃんにも、ちらほらと、彼女候補らしき噂が見え隠れしていた。いらない、と言うのに、タッちゃんが頻繁に教えてくれちゃうのだ。
 『だってつぐみ、将来、オレの姉ちゃんになるつもりなんだろ? 年下の奴が姉貴になるのはなーんか嫌だけど、全然知らない女がなるよりマシかも。10年後目指して、兄ちゃん攻略の作戦立てろよ』
 なんてタッちゃんは言うけど―――報告される「彼女っぽい人」は、悉く私とは逆のタイプなんだから、もしかして私をへこませるために報告してるんじゃないの? って疑いたくなってしまう。タッちゃんなら、やりかねないもんなぁ…。
 そんな訳で、私は、ユキちゃんの周りに女の人が現れるとヤキモキして、でも付き合うまでいかずに終わるとホッとする―――そんな日々が、ここ1年、続いている。


 ―――なんだか、キャンプの時より、カッコよくなった気がする…。
 ユキちゃんを盗み見て、ちょっと胸がドキドキした。
 そういえば、夏の会社の慰安旅行キャンプ。あれに参加した家族の“子供”の中で、ユキちゃんはダントツで最年長だったっけ。高校生位になると「親と一緒なんてかったりぃ」なんて言って、親と行動しなくなる子が多いんだって、特に男の子では。
 ユキちゃんは、凄く家族思いだもんね。カッコつけることより、家族を大事にすることの方を選ぶ人だ。私は、そういうカッコつけないとこが、ユキちゃんのカッコイイとこだと思う。

 「んで? 何、わざわざケーキまで用意して、久々に“じっくりお話”ってさ」
 早くもモンブランケーキをパクつきながら、タッちゃんが佐藤のおじさんに訊ねる。
 確かに、今日ここに来ることになった時のママのセリフも、ちょっと変だった。「みんなで話し合いたいことがあるから」―――ユキちゃんに会えるのが嬉しくて、あまり深く考えなかったんだけど、話し合いたいことって、何だろう?
 3人掛けソファの右端、ママのお向かいに座ったおじさんは、口に運んでいたティーカップを置き、何故か気まずそうに、コホン、と咳払いをした。そして、真正面に座るママの顔を、チラリと見た。
 ママの方も、どことなく落ち着かない様子ながら、覚悟を決めたように頷く。結局、答えたのは、おじさんの方だった。
 「あのな、雪哉、竜哉」
 「ん?」
 「実は―――再婚しようと思うんだ」
 「えっ」
 驚きの声を上げたのは、ユキちゃんでもタッちゃんでもなく、私だった。
 ユキちゃんは、少し目を見開いただけ。タッちゃんは、モンブランのクリームを口につけたまま、「は?」という顔でおじさんを凝視していた。子供3人の目がおじさんに訊ねてるのは、ただひとつ。
 「誰と?」
 代表して、タッちゃんが訊ねた。おじさんは、ますます言い難そうにしつつ、ボソリと答えた。
 「―――千春さんと」
 「……」

 再婚。
 佐藤のおじさんが、千春さんと再婚。

 って―――…。

 「えええええぇっ!!? ま、ママと再婚!!?」
 「あ、やっぱりそうなのかー」
 私の声とタッちゃんの声が、全く同じタイミングで被る。目を丸くしただけだったユキちゃんは、そのうちのタッちゃんのセリフに驚き、おじさんに向けてた視線をタッちゃんに向けた。
 「竜哉、お前知ってたのか?」
 「ん? いや、知ってた、っつーかさ。男のカン? 夏のキャンプん時に、父さんと千春さんが、いい感じだったから」
 うそ。
 私、何も感じなかったよっ。なんでタッちゃんが気づいて、私が気づかないわけっ!?
 バカで鈍感だと思われたタッちゃんは、よっぽどカンの鋭いタイプだったらしい。ユキちゃんも気づいてなかったようで、まだ驚いたように目を丸くしていた。うろたえた私の目は、最終的には、目の前の男性3人を経て、隣に座るママに向けられた。
 「ママ…、ほんとに?」
 「……うん」
 ママは小さく答えて、はにかんだように笑った。
 「夏のキャンプの後に、そういう風にしようか、って話になってね。でも、雪哉君や竜哉君は勿論のこと、つぐみももう大きいから、みんなの意見を聞いてから決めよう、って、そういうことになったのよ」
 「意見、って…」
 「つぐみちゃんは、おじさんたちと暮らすのは、嫌かな」
 佐藤のおじさんが、少し身を乗り出して私に訊ねる。
 おじさんたちと、暮らす。ユキちゃんやタッちゃんやおじさん……みんなと暮らす。それは、別に嫌じゃないけど……。
 「…じゃあ、私、佐藤のおじさんを“お父さん”とか呼ぶの?」
 なんだか変な感じだ、と思いながら私が訊ねると、おじさんは一瞬目を丸くして、それから困ったように笑った。…あ、最近あんまり思わなかったけど、笑った顔って、やっぱりタッちゃんとよく似てるなぁ。
 「い、いや、そりゃあねぇ、つぐみちゃんみたいな美少女から“お父さん”なんて呼ばれたら、嬉しいは嬉しいけど」
 「…佐藤さん」
 ママが呆れたように突っ込みを入れたので、おじさんは慌てて真面目に答えた。
 「なんというか、その―――やっぱり、おじさんから見ると、つぐみちゃんのパパは、亡くなった木島君だけなんだよ」
 「……」
 「わたしの方も、そうよ」
 隣のママが、そう付け加えた。
 「雪哉君と竜哉君のママは、やっぱり、亡くなった美和子さんだけだと思うわ。だから、雪哉君にも竜哉君にも、もしわたしが佐藤さんと結婚しても、今まで通り“千春さん”て呼んでもらいたいの」
 「じゃあ…私の方は、今まで通り“おじさん”?」
 「そういうことになるわね」
 …なんだか、よくわからない話だ。私は眉をひそめた。
 「つまりね。つぐみちゃんは、新しいお父さんができる、なんて思わなくていいんだよ。雪哉と竜哉も、千春さんを新しいお母さんなんて思わなくていい―――僕らはね、2つの家族がくっついて、新しい1つの家族を作りたいと思ってるんだ」
 「新しい家族?」
 「うん。新しい家族だ。お父さんとお母さんと子供、じゃなく、おじさんと、千春さんと、おじさんの子供と、千春さんの子供―――女2人暮らしと男3人暮らしじゃ、寂しかったり面倒だったり色々あるけど、5人一緒に暮らせば、賑やかで楽しいよ、きっと」
 「賑やか、かぁ…」
 それは…ちょっと、いいかもしれない。
 「それにね、5人で暮らした方が、お互いにいい部分があるんだよ」
 そう言って、佐藤のおじさんは、ママとおじさんが結婚を決意するに至った事情を、私たち3人に説明しだした。

 こんなホワンとした見かけなのに、ママは結構頑張り屋だ。家計をたった1人で支えているのに、家事も手を抜こうとしない。
 生活のためには残業も仕方ない、でも会社に遅くまでいる訳にはいかないから、いつも仕事を家に持ち帰って、家事をこなした後、遅くまで仕事を続けていた。今でこそ私が家事をある程度できるから残業も多少平気になったけど、私が小さい頃は本当に大変そうだった。
 一方のユキちゃんたちも、大変だったらしい。
 専業主婦だったおばさんが亡くなって、さほど家事に明るくない男3人が残されて―――最初こそ、おじさんが頑張って家事をやろうとしてたけど、会社でも責任ある立場になっていたおじさんに、家事と仕事の両立は難しかったようだ。結局、見かねたユキちゃんが、受験勉強をしながら家事をこなす、というスーパーマンのようなことをやってのけ、現在も家事の大半を受け持っているという。

 「千春さんが僕と結婚すれば、2人で1つの家族を支えることになる。お金の面でも、家事の面でもね。そうした方が、みんなの負担は減るし、無理をしてイライラすることもなくなる―――2家族バラバラに暮らすより、いいことが多い、って思うんだ」
 途中、何箇所かママに説明を替わってもらいながら、おじさんはそう説明し終え、一仕事終えたように息をついた。そして、もう一度私の方に目を向けた。
 「どうだろう、つぐみちゃん。みんなで暮らすこと、どう思う?」
 「…うーん…」
 おじさんとママが言ったことを、頭の中で転がしてみる。どこかに嫌な部分がないかな、と慎重に確認してみたけど―――特に、思い浮かばなかった。
 「私は、いいと思うけど」
 「ほんとに?」
 訊いたおじさんじゃなく、ママが晴れやかな声で問い返した。私はママの方を見て、にっこり笑って答えた。
 「うん、いいと思うよ。楽しいことや便利になることが多くて、嫌なことは特にないもん」
 「でも、苗字は変わっちゃうぞ。いいのか?」
 タッちゃんが、そう口を挟む。確かに、両親揃ってる子が苗字変わったら、離婚しました、って言ってるようなもんだろうけど…。
 「それは大丈夫。うちが母子家庭なの、みんな知ってるから、苗字変わったら“おめでとう”って言ってくれるよ、きっと」
 「へー、そっか」
 「そういう竜哉は、どうなんだ?」
 「オレ? うん……オレも、賛成かなぁ」
 タッちゃんはそう言って、気まずそうに髪を掻き毟った。
 「その、オレはさ、引っかかる部分があるとしたら、死んだ母さんのことだけだったから。千春さんを“新しい母さん”と思え、って言われたら…それは、ちょっと嫌だな、と思ったんだ」
 タッちゃんにしては、かなり慎重な口調だった。まだおばさんが亡くなって2年だもの。タッちゃんの言う心情は、なんとなく理解できる。
 「でも、どうも話聞いてると、そういうんじゃないみたいだし。だったら、男3人のむさくるしい暮らしより、千春さんとつぐみも一緒の方が、オレは嬉しいかな。兄ちゃんだって、来年からは就職活動とかあるから、いい加減、家事から解放してやんないと」
 「お、珍しいな、竜哉が雪哉に気を遣うなんて」
 「…どーゆー意味だよ、それ」
 おじさんに茶化されて、タッちゃんは口を尖らせた。まあまあ、とタッちゃんを宥めたおじさんは、最後にユキちゃんに目を向けた。
 「雪哉。お前は、どう思う?」
 それまで、ずっと黙っていたユキちゃんが、顔を上げた。
 ユキちゃんは、随分複雑そうな表情をしていた。その顔は、どう見ても、私やタッちゃんのように「大賛成」という顔ではない。
 おじさんを見、ママを見、それから一度テーブルの上に視線を落としたユキちゃんは、また顔を上げて、おじさんに向き直った。
 「…基本的には、大人同士の話だから、俺が口を出す問題じゃないと思うけど―――…」
 「けど?」
 「住む所って、どうするんだ? もしここに住むんなら、つぐみ、転校しないといけないだろ?」
 「えっ、それはヤダっ」
 思わず、即座に声を上げてしまう。
 うわぁ、やっぱり私、ユキちゃんよりおバカだ。考えてみたら当たり前じゃないの。佐藤さんの家とうちの家、同じ市内ではあるけど、場所が全然違うんだもの。
 でも、おじさんとママは、そこも考慮済みだったらしい。ママがすぐに口を挟んだ。
 「それに関しては、大丈夫よ、雪哉君。もし結婚したら、つぐみが中学生のうちは、こっちじゃなくうちの方にみんなで住もう、ってことにしてるの」
 「…この家は?」
 「会社の人に、ひとまず貸そうと思ってる」
 今度はおじさんが答えた。
 「まだローンも残ってるし…やっぱり、母さんとの思い出の場所だから、雪哉も竜哉も、思い入れが深いだろう。父さん自身もそうだし、千春さんもそうだ。母さんの大親友だったからね、千春さんは…」
 「……」
 「今はまだ、竜哉が中学だから動けないが、竜哉が志望してる私立高はどこからでも通える。だから、竜哉の中学卒業を待ってからの結婚、引越しにしようと思ってる」
 「…じゃあ、もう1つ訊くけど―――千春さんは、会社、辞めるの」
 ユキちゃんの目が、ママの方を向く。
 ママは、ちょっと迷ったような目をしたけれど、口元に笑みを浮かべて首を横に振った。
 「働いてきたのは、生活のためが一番だけど、それだけじゃないから」
 「……」
 「でも、残業せずに済むポジションに移してもらおうと思って、上司には相談済みなの。そこは安心してね。雪哉君に負担かけるようなことは」
 「それで、いいのか?」
 ママの言葉を遮るように、眉をひそめたユキちゃんが、おじさんに向かって言う。
 「結婚してからも千春さんが職場に残る、ってことは、夫婦で同じ職場で勤める、ってことだろ? 単なる社内恋愛ならまだしも、最初の結婚相手と死別した同士―――特に、父さんの方は、母さん死んでまだ2年だ。会社の人には、全部事情が筒抜けなのに……千春さんが後妻に収まったりしたら、会社で千春さんが嫌な思いするんじゃないか?」
 「……」
 ユキちゃんの言うことは、私には、ちょっと難しくて、よくわからなかった。
 でも、去年テレビでやってたドラマが、少し似た話だった気がする。同じ会社の女性と婚約までしてた男の人が、色々あって、彼女とは婚約解消して、同じ会社の別の女性と結婚したんだけど―――彼も、結婚した彼女も、かなり気まずい思いをしてた。特に、元々婚約してた方の彼女が、婚約解消のショックで退職しちゃってたから、余計に。
 設定は全然違うけど、多分、ユキちゃんが言ってるのも、ああいうことなんだろう。凄いなぁ、ユキちゃん……そんなことにまで頭が回るなんて、やっぱり大人なんだなぁ。
 おじさんもママも、少し驚いたような顔をしていた。でも、最終的には笑顔になり、おじさんがユキちゃんの肩をポン、と叩いた。
 「心配してくれてありがたいが―――大丈夫だよ、雪哉。うちの会社の連中は、お前も知ってるだろう?」
 「…でも…」
 「少なくとも、父さんと母さんの仲人を務めてくれた上司は、千春さんのポジションを変えてもらう相談をした時に“結婚するつもりだ”と伝えたら、喜んでくれたよ。変な詮索をするような輩は、うちの会社にはいない―――いたとしても、他の連中が事情を説明して、嫌味も言えないようにしてくれるよ」
 「……」

 唇を噛んだユキちゃんは、視線をおじさんから逸らし、暫しじっと黙り込んだ。
 そして、目を逸らしたまま、再び口を開いた時、出てきたのは、ユキちゃんらしからぬセリフだった。

 「―――…結論ありきで話してるんじゃ、相談じゃなく事後報告じゃないか」
 「雪哉、」
 「いいよ」
 ユキちゃんは、おじさんの顔を見、ついでママの顔を見て、ちょっと不自然な笑みを見せた。
 「2人がそう決めて、もうそのつもりで動いてるのに、俺が言うことは、何もないよ。…ごめん、俺、明日提出のレポート、まだ書きあがってないから」
 「雪哉!」

 おじさんの制止する声も聞かず、ユキちゃんは立ち上がり、居間を出て行った。
 おじさんは勿論のこと、タッちゃんも、私も、突然のユキちゃんのユキちゃんらしくない行動に、唖然としていた。そんな中、ママだけが、とても辛そうにポツリと漏らした。

 「……やっぱり、美和子さんのことがあるから、かしら」
 雪哉君が一番、お母さんの看病をしてたものね。

 誰も、その呟きに答えられなかった。

***

 「タッちゃんは、ほんとにいいの?」
 庭で、スパイクを磨くタッちゃんの隣に座って、私が訊ねる。
 タッちゃんは、手を止めることなく、とてもあっさりした口調で答えた。
 「いいよ、全然問題なし」
 「ほんと?」
 「うん。だって、父さんてまだ45だろ? 再婚はありうるな、とは思ってたけど、将来、死んだ母さんのことなんて全然知らない女が、“新しいお母さんよ”なんて母親面して上がりこんでくるのは、勘弁して、って思ってたんだ。その点、千春さんは違うからさ」
 「そっかぁ…」
 今の45って、若いもんね。実際おじさん、もの凄く元気だし、見た目も若々しいし…。
 と、そこで私は、もの凄いことに気づき、ポン、と手を打った。
 「あ! 考えてみたら、おじさんとママって、ちょうど10歳差じゃない?」
 「えっ、千春さんて、35? 相変わらず若いよなぁー。オレ、もっと離れてるかと思った」
 「うわぁ、そうかぁ。10歳差でも結婚って出来るんだ。じゃあ、7歳差なんて、大人になったらそんなに大きな差じゃないよね」
 今ならロリコンになっちゃうけど、私が20歳になった時、ユキちゃんは27歳。うん、そんなに変じゃない。
 と私が納得して口元を緩めていると、タッちゃんが、ちょっと呆れたような目線を私に向けてきた。
 「それってもしかして、兄ちゃんのこと言ってる?」
 「うん」
 「…あのさぁ、つぐみ」
 大きなため息をついたタッちゃんは、スパイクを傍らに置いて、私を睨み据えた。
 「お前さ。千春さんと父さんが結婚する意味、わかってる?」
 「え?」
 「お前、兄ちゃんの“妹”になるんだぞ」
 「? わかってるよ」
 「今、つぐみが“妹”になったら、兄ちゃんのことだ、そりゃもう実の妹のように可愛がるよな。でもって、現在、つぐみは兄ちゃんの恋愛対象ではない、ときた」
 「……」
 「血が繋がってようと繋がってなかろうとさ。完璧“妹”と思ってる奴と結婚したがる男なんて、よほど変態でない限りいないよ」
 「…………」

 …がーん。

 ああ、漫画の中で出てくる「がーん」ってシーンって、こういう感じなんだ。

 私の手から、食べようとしていたおせんべいが、ポロリと落ちた。


***


 「そりゃ、気の毒だわ」
 「でしょぉ? 今でさえ恋愛対象外なのに、妹になったら、もう絶望的に恋愛対象外ってことだよねぇ…」
 法律的に、義理の兄妹が結婚できるのか、という辺りは、私にはよくわからないけど―――私とユキちゃんの場合、それ以前の問題っぽい。同じ家に住めるなんて嬉しい、って思った私が甘かった。
 「でも、考えようによっては、かえってラッキーかもよ?」
 キョウちゃんがケロリと発した言葉に、机に突っ伏していた私は、むくっ、と頭を上げた。
 「ラッキー?」
 「うん」
 「どこが?」
 「だって、そのお兄さんの好みって、つぐみと正反対のタイプなんでしょ? しかも7つも歳が離れてる……つまり、いくらつぐみが好きでも、お兄さんがつぐみを好きになる可能性って、元々すごーく低いのよね?」
 「…酷いことを爽やかに言うのね」
 でも、その通りだ。
 「つまり、元々、つぐみがお兄さんと結婚する、ってプラン自体、相当無理があったのよ。それにつぐみ、忘れてるかもしれないけど、結婚はゴールじゃないのよ。スタートなのよ」
 「…キョウちゃん…それ、中1が言うセリフじゃないよ」
 「小説に書いてあったの。結婚したぞー、さあ安心、と思ってると、浮気されたり飽きちゃったりして離婚になることもあるんだから。結婚したって、どうせ他人同士なんだもん。離れちゃう可能性もあるんだから」
 「……」
 キョウちゃん……一体、どんな小説読んだの?
 「でも、きょうだいは違うじゃない?」
 「え?」
 「まあ、親が離婚しちゃえば別だけど―――きょうだいは、ずーっときょうだいじゃない?」
 「……」
 「好きな人と、より確実に、長く親しい関係でいられるんだよ。ラッキーじゃない?」

 …うーん。
 ものは考えよう、なのかなぁ? なんか、上手いこと誤魔化されてる気もするけど。
 第一、単なる“好き”と、恋愛の“好き”は、意味が違うんだし。いくらずーっと一緒にいられる家族になれても、家族とカレシカノジョにはなれない訳だから、恋愛の“好き”は実らない。それって…やっぱり、イヤかも。

 ママは、ずっと苦労してきた。私を育てるために頑張ってきた。だから、そろそろ楽になって欲しい。佐藤のおじさんなら、ママの相手として認められる。パパもきっと許してくれるよ。佐藤さん、パパの大事な友達だったんだもん。
 ただ、1点―――佐藤さんとママが結婚すると、もれなくユキちゃんがついてくる、という点だけが、問題なだけで。
 困ったなぁ……。

 「つぐみ、顔綺麗なんだしさ。お兄さん一筋のドリーマーやめて、もっと現実的な恋にしようよ」
 キョウちゃんはそう言って、私の背中をバシンと叩いた。
 「ほら、青木君なんて、どお? つぐみだって、悪い気してないんでしょ? 憧れのお兄さんに顔とか似てる、って、ちょっとニヤけてたじゃない」
 「に、ニヤけてた、なんてヤラシー言い方しないでよっ」
 「青木君、B組の子から告白されて、断ったんだってよー? まだ諦められてないんじゃないのかなぁ、つぐみのこと」
 「…ううう…」
 恋する年頃は、不安定なのだ。そんなこと言われると、グラついてしまう。ふくれっ面でキョウちゃんを睨みながら、私は内心、そうした方がいいのかなぁ、なんて、ちょっとだけ思った。


 そんな感じで、私は、表面上はママを応援しながら、内心、ちょっと複雑な心境だった。
 ユキちゃんの方は…よく、わからない。時々タッちゃんに電話して、その後どうなったか、進展の具合を訊いてみたけど、タッちゃんにもユキちゃんの本心は読めないみたい。
 「やっぱり、反対なのかなぁ、再婚に」
 『どうなのかなぁ。再婚関係の話が出てくると、黙ってるよ。別に反対してる感じじゃないけど、賛成してる感じもないよなぁ―――父さんの好きにすれば、って感じ?』
 「……」
 『…まあ、兄ちゃんの方が母さんに可愛がられたから、後妻が入る、って響きにナーバスになるのかもしれないけど…兄ちゃんらしくないよな』
 うん……ユキちゃんらしくない。
 ママが、おばさんが居たポジションに収まろうとしてる訳じゃないのは、賢いユキちゃんならちゃんと理解できてる筈だ。それにユキちゃんは、とっても家族思いだ。おじさんの幸せを考えたら、絶対祝福してくれると思ってたのに…。

 ママと佐藤さんは、同じ職場だから、当然毎日会ってる。2人の間でも、ユキちゃんの気持ちが問題になってるみたいだった。
 「むしろ竜哉君の方がゴネるかな、と思ってたのよ。ちょうど難しい年頃だし…。雪哉君は大人だから、わかってくれるかな、と思ったのに―――ママが甘かったわ。もっとよく考えて話すべきだったのよね」
 意気消沈した様子で、ママはそんなことを言った。
 「結婚、やめちゃうの?」
 「…ううん。雪哉君も、反対してる訳ではないから、結婚するつもりで動いてるわよ」
 お式なんかは、再婚同士だし、おばさんやパパとの結婚式の思い出があるから、やるつもりはないらしい。ただ、写真だけは撮りたいね、っておじさんと話し合ってるみたい。写真を撮って、家族みんなでお祝いのディナーを食べて―――それが、うち流の結婚式になるらしい。それは、なんかいいな、と私も思った。

 …うん。やっぱり、ママを応援しなきゃ。
 ユキちゃんと結婚する夢が叶う確率が、限りなくゼロに近い状態になっちゃうのは、辛いけど―――いいじゃない。タッちゃんもユキちゃんも大好きだし、おじさんだって好きだもん。みんなでワイワイ、楽しく暮らすことを考えよう。

 そのためには―――やっぱり、ユキちゃん。
 なんとかして、ユキちゃんに、ママたちの再婚に賛成してもらわなくちゃ。


***


 そんな状態で年も明け、1月。
 私は、高校受験に向けてラストスパート中のタッちゃんに差し入れを持って行った。

 「うおおおぉ、サンキュー、つぐみ! オレはいい妹を持った!」
 「…まだ妹じゃないよ。3月いっぱいは他人だから」
 日曜日だけど、おじさんもママも仕事だ。差し入れた肉まんをパクパク食べ始めるタッちゃんをよそに、私はキョロキョロと辺りを見回した。
 「ユキちゃんは?」
 「留守」
 「ふぅん…」
 「それにオレ、3時からカノジョんとこ行く約束してんだ」
 「いいよ。それまでには帰るから」
 12月から付き合い始めた子だな、と察する。相変わらず、タッちゃんはカノジョが切れない。
 「もしかしてユキちゃんも、カノジョさんとデート?」
 「んー? どうだろ。今は特定の女いない筈だけどなぁ。今日も、期末レポートのために、友達んとこ行ってるみたいだし」
 「そっか…」

 それから、私とタッちゃんは、肉まんを食べながら、両親の再婚の話なんかをした。
 ユキちゃんの態度は、当初よりは若干軟化してるらしい。でも、大手を振って賛成、って感じではないみたい。もう細かい日程やなんかも決まっちゃったから、最近は再婚の話題自体、あまりしないから、ユキちゃんの本音は誰にもわからない……らしい。

 「あ。そうだ、この前貸してくれるって言ってた本は?」
 「ええと…どこにやったかな。確か兄ちゃんが持ってったと思うけど…」
 と、その時、机の上のタッちゃんの携帯電話が鳴った。表情の変化からすると、どうやらカノジョさんから、らしい。
 「兄ちゃんとこから、適当に持ってっていいよ。オレから兄ちゃんに言っとくから」
 慌てて携帯を手に取りながら、タッちゃんがそう言った。苦笑した私は、わかった、とタッちゃんに手を振って、タッちゃんの部屋を出た。

 ―――うわー、久しぶりだなぁ、ユキちゃんの部屋に入るの。
 タッちゃんの部屋の向かいにある、ユキちゃんの部屋。ちょっと緊張した私は、ユキちゃんがいないとわかってるのに、ついノックをして、ドアを開けてしまった。
 久々に見るユキちゃんの部屋は、相変わらずシンプルで、あまりごちゃごちゃしていなかった。物だらけのタッちゃんの部屋とは雲泥の差だ。
 「えーと…」
 どこらへんに本があるんだろう?
 部屋の中を見回す。本棚……はあるけど、タッちゃんの口調からすると、タッちゃんが一時的にユキちゃんに貸してる感じだったなぁ。綺麗に並んでる本の中に、借りた本を紛れ込ませるとは、ちょっと思い難い。とすると―――…。
 目が行ったのは、ベッドサイドに置かれたカラーボックスの上。
 本とかノートとかが、ユキちゃんにしては珍しく、乱雑に積み上げられている。一時的なものや寝ながら読む本なんかは、あそこに置いてるらしい。多分あそこだな、と推理した私は、積み上げられた本を漁り出した。
 すると。
 「きゃ……!」
 手が、滑った。
 バサバサと、本やノートが、カラーボックスから落っこちる。その中には、私のお目当ての本もしっかりあった。
 「あーあ…」
 やっちゃった。
 ため息をつき、床に散らばった本やら何やらを拾い上げる。勿論、一番最初に救助したのは、目当ての本。他にも、何が書いてあるのかわからないノートや、細かい字の辞書、いかにも専門書って感じの難しげな本―――…。
 その、中で。
 あるものを見つけ、私は、手を止めた。

 「―――…」

 それは、写真だった。
 いつ頃の写真かは、わからない。だって、あんまり変化のない人の写真だから。結構古いのかも……でも、色褪せてはいない。多分、何かの本に、ずっと挟んでおいたんだろう。

 手が、震える。
 震える手で、そっと写真を拾い上げる。

 それは―――ママの写真だった。

***

 大急ぎで家の鍵を開け、まっすぐに自分の部屋に向かった。
 バタバタと部屋に駆け込み、本棚からアルバムを抜き取る。目的の写真が、どの辺に貼ってあるか、私にはよくわかっていた。何故なら、その写真を何度も何度も見ていたから。そう…昨日の夜も見ていたから。
 目的の写真は、すぐ見つかった。
 去年の夏休みの終わり―――会社の慰安旅行で行った、キャンプの写真。火をおこす準備をしている私を、ママが撮った写真だ。

 写真の中でにっこり笑ってる私の背景に、写っている人は、3人。名前も知らない誰かの家族と、その子供、そして―――ユキちゃん。
 ユキちゃんは、私の右斜め奥に写っている。大きな鍋を運びながら、顔だけ、カメラに向けて。
 他の人が小さくしか写ってないから、私たち2人を撮ったみたいに見える。でも……これは、偶然起きた、私とユキちゃんのツーショット。
 …ううん。
 ユキちゃんは、偶然こっちを見たんじゃない。
 今なら、わかる。ユキちゃんの目が、何故これほどしっかりと、カメラの方を見ているのか。

 ユキちゃんは、ママを―――私を撮ってるママを、見てたんだ。

 「……」
 そ…っか…。
 全部、繋がった。
 ユキちゃんが高校時代付き合ってたカノジョさん。現れては消えるカノジョ未満の女の子。その人たちが全員、なんとなくママと似たタイプだったこと。そして…ママとおじさんの再婚に、あのユキちゃんが渋い顔をした、その本当の理由。

 ユキちゃんが好きな人は、ママ。
 私のライバルは…ママ、だったんだ。


***


 つーぐーみー。

 遠くから、呼ぶ声が聞こえた。

 声を無視して、抱えてた膝を更に引き寄せ、縮こまる。けれど、懐中電灯のあかりが、だんだんこっちに近づいてくるのがわかった。
 ザリッ、と、砂を蹴るスニーカーの音がする。直後―――公園の遊具の中に、パッと光が射し込んだ。
 「…やっぱり、ここだった」
 「……」
 コンクリート製の、ロケットの形をした遊具。その中を覗きこんだユキちゃんは、呆れたような苦笑を浮かべた。
 「…なんで、わかっちゃうの」
 「つぐみさ、6つの時、千春さんに怒られて家出した時も、ここに隠れたんだよ。覚えてる?」
 首を横に振った。全然覚えてない。第一、どうしてユキちゃんが探しに来たのかもわからない。だってここ、私の家の近くの公園で、ユキちゃんの家からは離れてるのに。
 「竜哉が、電話終わって見たら、つぐみがいなくなってた、って大慌てで電話してきてさ」
 よいしょ、と体を折り曲げ、ユキちゃんも遊具の中に入ってくる。かなり狭いけど、なんとか2人入れるスペースがあった。
 「で、俺も家に戻ってあちこち探して、つぐみんとこに電話しても誰も出なくて……千春さんと父さんにも電話してさ」
 「……」
 「…みんな、心配してたよ」
 「……ご…めんなさ、い」
 抱えた膝の上に、ぽたん、と涙が落ちた。
 小さく息をついたユキちゃんは、ぽんぽん、と私の頭を撫でてくれた。
 「俺に謝らなくていいから―――千春さんと竜哉に謝って。2人とも、真っ青になってたから」
 「……」
 ―――違うの。
 ぶんぶん、頭を振る。
 違う。そうじゃない。今のごめんなさいは、何も言わずにいなくなっちゃったからじゃない。
 私は、スカートのポケットに、手を突っ込んだ。そして、ちょっと折れ曲がっちゃった“それ”を引っ張り出して……ユキちゃんに、差し出した。
 ユキちゃんの部屋から持ち出してしまった、ママの写真。
 懐中電灯のあかりの中でも、それはわかったと思う。途端―――ユキちゃんの顔が、辛そうに歪んだ。
 「…ごめんなさい…」
 ユキちゃんの秘密、見つけちゃって。
 「―――…やっぱり、つぐみだったのか…」
 ポツリとそう呟くと、ユキちゃんは、大きな大きなため息をついた。
 やっぱり、つぐみだったのか―――そのセリフを聞いて、思い出した。そう言えば私、ユキちゃんの部屋、あのまんま何もしないで飛び出して来ちゃったんだった。ユキちゃんが一旦家に戻ったのなら、あのゴチャゴチャになった本や辞書を見ているだろう。そして……そこに密かに忍ばせていた筈の写真がなくなっていることにも、すぐ気がついた筈だ。
 「…ねえ、ユキちゃん」
 涙が、ぽろぽろ、こぼれていく。それでも私は、必死に顔を上げて、ユキちゃんに訴えた。
 「私、ユキちゃんの気持ち、わかるの。イヤ、だよね。好きな人だもん。好きな人が、結婚しちゃうんだもん。しかもその相手が…」
 …自分の、親だなんて。

 残酷すぎる。
 好きな人が、結婚して他の人のモノになっちゃうだけでも、悲しくて辛いことだろう。でも、見ず知らずの人が相手なら、まだマシだ。どこか遠い所で幸せになってしまうのなら、まだマシだ。
 なのに、親だなんて―――これから毎日、好きだった人が、他の人と仲良く暮らすのを、一番間近で見続けなくちゃいけないなんて。辛い。絶対辛すぎる。私の片想いなんか、全然足元にも及ばないよ。私がユキちゃんだったら、泣いてわめいて、絶対再婚なんてしないで、って叫んじゃうかもしれない。

 「…やっぱり…ダメ? 辛すぎて、おめでとう、って言えない? 私、ママにも、佐藤さんにも、幸せになって欲しいよ。でも…っ、でも、ユキちゃんがどうしても辛い、って言うなら…っ」
 「…つぐみ…」

 それ以上、上手く喋れなかった。私は、ママの写真を差し出したまま、ひっく、ひっく、としゃくりあげるばかりだった。
 ユキちゃんは、ちょっと驚いたように、目を見張っていた。けれど―――やがて、ママの写真を私の手から摘みあげると、何故か、ふっ、と寂しそうに笑った。
 「つぐみ」
 ユキちゃんが、私に、何故か懐中電灯を差し出す。
 「…な、に?」
 「これ、持っててくれるか」
 「? …うん」
 言われたとおり、懐中電灯を受け取り、遊具の中を照らす。するとユキちゃんは、Gパンのポケットから、何かを取り出した。
 よく見たら、それは、ライターだった。ユキちゃんは、煙草を吸わない。でも、おじさんは吸う。だから多分、これはおじさんのライター。
 「どうしてライターなんて持ってるの?」
 「…こうするために、持って来たんだ」

 シュッ、と音がした。
 次の瞬間―――ユキちゃんが持っていたママの写真の端っこに、火がついた。

 「ゆ……」
 ユキちゃん。

 声が、出なかった。
 ビックリして、私が呆然と見ているうちに、ママの写真は端っこからどんどん燃えていき―――ユキちゃんの指先まで、火が迫った。ユキちゃんが放すと、写真はヒラリと地面に舞い落ちて……やがて、黒い灰になった。
 暫し、2人して、黙って黒い灰を見下ろす。
 1分もそうしていただろうか。ため息をついたユキちゃんは、私の方を見た。
 「…ごめんな、つぐみ。心配かけて」
 「ユキちゃん…」
 「もう、大丈夫」
 ぽんぽん、と、また頭を撫でて。
 「みんなで―――家族に、なろうな」
 そう言って、ユキちゃんは、微笑んだ。

 

***

 

 「ママ、綺麗ー…」
 うっとりと私が言うと、ウエディングドレス姿のママは、恥ずかしそうに頬を染めた。
 「ほんと?」
 「うん。花嫁さんみたい」
 「…バカつぐみ。花嫁なんだよっ」
 ぽか、とタッちゃんに頭を叩かれて、思わずむくれる。…そりゃそうだけどさぁ、子持ちで35歳だよ? 普通なら、もっと所帯じみてるよ? ママ以外がやったら、花嫁さんじゃなくコスプレだよ、きっと。
 「でも、マジで千春さん、綺麗だなぁ。比べて、おやじ―――ビミョー」
 「なんだと」
 タキシード姿の佐藤のおじさんが、タッちゃんを睨む。でも、初めて見るおじさんのビシッと決まった格好は、私の目にはかなりカッコよく見えた。
 「おじさん、カッコイイよ」
 「ありがとう。つぐみちゃんはいい子だなぁ。つぐみちゃんが家族になってくれて良かったよ」
 「…どうせ悪い子だよ」
 けっ、と面白くなさそうに呟いたタッちゃんは、頭を掻きながら、後ろを振り返った。
 「兄ちゃん、感想は?」
 タッちゃんに問われ、コンパクトカメラで新郎新婦を撮ってたユキちゃんが、カメラを下ろす。
 ユキちゃんは、ママとおじさんの顔をゆっくり眺め、それから、目を細めて笑った。

 「お似合いだよ、父さん、千春さん」


 この日、私たちは、みんなで写真を撮った。
 おじさんに、ママに、ユキちゃんに、タッちゃんに……私。
 ガラスの写真立てに収まった5人の集合写真は、結構素敵な家族写真として、今もリビングに飾られている。

今回のリクエスト、「好きな人(もしくは恋人)と親の再婚で兄弟になってしまう話」。ベタベタ王道設定です。
巷では、この手の設定だと、同じ高校に通ってる子供同士の親が、何故が再婚、顔合わせの席であらびっくり、てな展開が多いんですが……それは、うちのサイトには合わないな、と。
で、リアリズムを追求した結果、気づきました。こういう設定、誰もが「結婚した後の子供の恋愛話」ばかり期待するけど…待てよ。設定の基本である「親の再婚」の経緯って、いつもないがしろじゃない?
結果、こんな話になりました。結婚したとこで、おしまい(笑) 「ええ〜、ひとつ屋根の下のラブラブ話を期待したのに〜」な方は、ご容赦下さい(^^;
なお、「Presents」に、雪哉サイドのお話があります。こちらも是非どうぞ。 →「父の都合 息子の事情」

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