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 04: イズミ、縁結びを企てる

 4月29日(日)

 恭四郎が遊びに来た。
 母ちゃん見て「ああいうお姉さんに、色々教わりたいよなぁ」などと言うので、2発殴っておいた。何がお姉さんだ。いい加減にしろ。まあ、恭四郎の姉ちゃん、うちの母ちゃんと6つしか歳違わないから、しゃーないか。

 で。
 珍しく恭四郎が、耳寄りな情報を持ってきた。
 なんでも京都に、地主(じしゅ)神社とかいう、縁結びで有名な神社があるらしい。面白そうだったんで、家にあった地図で場所を確認したら、有名な清水寺のすぐそばだった。
 恭四郎本人は、自分の縁結び(誰と結ぶ気なんだ?)のためにこの情報を仕入れたらしく、オレにも「綾瀬さんとの縁結び祈願してこい」と言うのだが、オレがこの神社に興味を持ったのは、勿論、綾瀬さんのためじゃない。というか、言っておくが、オレは綾瀬さんにホレてる訳じゃないぞ、恭四郎。オレの理想は姉ちゃんだ。もっと高いんだ。綾瀬さんとは友達になりたいだけだってば。

 いやいやいや、そんな話はどうでもよくて。

 その地主神社とかいう、縁結び神社。話によると、恋に悩んでる連中が、メッカに礼拝に行く信者みたいに押しかけてる神社らしい。
 普段なら「そんなのデマだろ、効くわけない」と笑ってしまうところだが、そんなに大勢が行くとこなら、もしかしたらすんごいご利益があるのかもしれない。もしご利益があるなら、これは見逃せないぞ。

 オレは、計画を立てた。
 偶然にも、忍、オレ、母ちゃんの3人は、全員5月生まれだ。ゴールデンウィーク中は、オレがバスケの試合あるからどこにも行く約束してないけど、トリプル誕生日の5月に、何もイベントやらないわけがない。連休明けにでもどっかに連れてけ、と母ちゃんにも忍にも言ってある。
 そこでだ。
 その行き先を、清水寺にする。
 地主神社にしないのは、行き先が縁結び神社じゃ、2人とも絶対イエスと言わないのがわかってるから。そんなに有名な縁結び神社じゃ、どっちかが知ってる可能性は高いもんな。
 勿論、現地でも、2人には地主神社には行かせない(行けって言っても行かないだろうから)。
 オレはもうチェックしてあるんだ。清水寺のそばには、「ちゃわん坂」っていう坂道がある。オレが自由行動したいって言い出せば、あの2人は絶対、この「ちゃわん坂」を見物するに決まっている。
 2人がのんびりちゃわんを見てる間に、オレは縁結び神社にダッシュしてくる、という戦略。狙うは、縁結びのお守り。金額にもよるが、絵馬をぶら下げてくるのもオプションとして考えておこう。

 あー、オレっていい息子だよなぁ。母ちゃんの恋愛のために、ここまで尽くすなんて。自画自賛。


 【一口メモ】
  なんだ、縁結びには、「良縁に恵まれますように」って意味もあるのか。恭四郎はこれ狙いかな。
  あと、その神社には、恋占いの石があるんだとか。
  2つの石の、片方の石から反対側の石に目を閉じて歩いて、無事到着すると、恋の願いがかなうんだって。
  …もしオレが無事に到着できたら、姉ちゃんとオレがくっつくってことか? そしたら兄ちゃんはどうなるんだ???


***


 「こら、イズミ! あんまり乗り出すと、本当に“清水の舞台から飛ぶ”羽目になるわよ!」
 清水寺本道の舞台から身を乗り出すイズミを見て、舞が呆れたような声を出したが、当人は全く気にしていない。それどころか、忍を仲間に引き入れにかかった。
 「だーいじょうぶやって! なぁ、忍もやってみたらええのに。忍の方が背ぇ高いから、もっとスリルあるやろ?」
 「ハ、ハハハハ…、ボ、ボクは遠慮しとくわ。イズミ君より背ぇ高い分だけ、落っこちる確率もぐんと高い筈やからね」
 忍は、別に高所恐怖症というほどではないが、高いところが一般レベルより少しだけ苦手だ。ジェットコースターの類にはあまり恐怖は感じないが、落っこちる前にじわじわと昇っていくあの時間は、なるべく下を見ないようにしている。イズミのように「こんなの怖くもなんともないもんね」というポーズを取りたがる心理は分かるが、実践するには少々大人になりすぎていた。

 ―――うーん…、度胸試ししたくて、こないな渋い観光コースを希望したんやろか。
 いい加減にしなさい、と舞に後ろから羽交い絞めにされているイズミを眺めつつ、忍は首を傾げた。
 舞から電話をもらった時は、冗談かと思って大いに笑ってしまったのだが、どうやら冗談でも何でもなく、この清水観光ツアーを提案してきたのは、間違いなくイズミだったらしい。おまけのように「時間あるなら嵐山も行ってみたい」と言っていたらしいが、主目的地が清水なのは間違いないようだ。
 清水・嵐山とくれば、まあ、京都の中では派手なコースと言えなくもない。でも、中学生なら、文化財なんか見て回るよりは、この前オープンしたばかりのUSJなどを希望するのが一般的なのではないだろうか。どうにも不思議だ。
 祖母に育てられたイズミだから、意外に趣味も渋いのかもしれないが―――ゲームに夢中になっているイズミを知っているだけに、清水の舞台に立つイズミは、違和感だらけに見えた。

 「なあ、母ちゃん」
 ひとしきり、清水の舞台で騒ぎ終わったイズミは、仁王門まで戻ってくるなり、いささか唐突に話を切り出した。
 「オレ、これから30分位、自由行動したいねんけど」
 「自由行動?」
 まるで修学旅行のような単語が出てきた。舞のみならず、忍もキョトンとした顔になってしまう。
 「どうせこれから、この辺の土産物屋とかを覗いて回るんやろ? オレ、恭四郎に頼まれモノしてんねん。母ちゃんのペースに合わせてたら大変やから、別行動させて」
 「何よ? 恭四郎君からの頼まれモノって」
 舞がそう訊ねると、イズミの顔が、一瞬、ヒクリと引きつった。
 「…そ、それは、秘密や」
 「ふーん、秘密、ねぇ」
 「そうや。秘密や」
 軽く眉を上げた舞が、チラリと忍の方を見た。その目を見て、舞が何を言いたいのか、なんとなく分かる。
 何故なら忍は、生まれは大阪ではあるものの、徹底した京女である母親に育てられたせいで、京都にはそこそこ精通しているから。そして舞は、それほど京都に詳しい訳ではないが、関西圏で少女時代を過ごしたのであれば、“それ”の存在位は知ってて当然だろうから。
 「どうする? 忍さん」
 「…まあ、ええのんとちゃいますか? 幸い、連休ほどは混んでへんようやし―――イズミ君、PHS持って来てるやろ?」
 「勿論」
 「それやったら、いざとなれば電話で連絡できるやろしな」
 「…ま、そうね」
 ふぅ、と息をついた舞は、腕組みをして、イズミを少しだけ睨んだ。
 「じゃあ、そこの甘味屋さんで待ち合わせね」
 「うん! 分かった」
 言うが早いか、イズミは「じゃ!」と一言言って、舞と忍の前を駆け抜けた。一目散に向かっていった方向は、2人の予想通りだった。
 「―――地主神社やな」
 「縁結びよね」
 イズミの目的地は、大人2人にはバレバレだった。
 ただし、2人が考えたのは、真相とは少々違ったものだったが。
 「まあ、素直に、地主神社連れてけとは言われへんよなぁ…。ボクが14歳の時でも、まず気恥ずかしくて言えへんかったと思うわ」
 「忍さんも、思ったこと、ある訳? 憧れのあの子と仲良くなれますように、なんて願掛けしに行こうって」
 「あるんやったら、とうの昔にイズミ君の目的地も気づいてたんとちゃいますか?」
 「…そりゃそうね。それにしても…男の子でもそういうの、やるもんなのねぇ。縁結びも占いも、女の子の専売特許とばかり思ってたのに」
 「舞さんも経験あるとか」
 「占い位はね。コギャルだらけの地主神社なんて、30過ぎたオバサンには敷居が高すぎるけど」
 なかなかリアクションし難い言葉だ。困った忍は、引きつった笑いで誤魔化し、ひとまず話題を打ち切った。
 「で…、どないします? 土産物屋さんひやかして回るんもええと思うけど」
 「んー、清水で有名って言ったら…七味だった?」
 「ああ、それもあるけど―――あ、そうや」
 ポン、と手を打った忍は、仁王門の正面に伸びる坂ではなく、左の方を指差した。
 「舞さん、茶碗欲しい言うてたやろ? こっちの坂、茶碗坂ゆうて、陶器の店がズラリ並んでた筈や」
 「え、ほんと?」
 「超高級清水焼もあるし、日常使いのもんもあると思うわ。ちょうどええのとちゃうか」
 「高級なのは、要らないわよ。サークルのお稽古の復習に、家で使うだけだもの」
 そう。舞はちょっと前から、会社の“茶道サークル”に入り、週に1度、茶道を習っているのだ。
 “忍さんにお茶が()てられるのに、女のあたしが点てられないなんて恥だわっ”という、なんだかよく分からない理屈から、一念発起した訳だ。茶の道を開いたんは男の千利休やで、と忍は念のため訂正したのだが、舞曰く、そういう問題じゃないのだそうだ。じゃあどういう問題なのか、やっぱり忍には分からないのだが、とりあえず母以外に抹茶をたしなむ相手が出来るのは嬉しいことなので、がんばりや、と応援しているのだ。
 舞には向かないのではないか、と、内心心配していたが、舞からの報告を聞く限り、先生にはかなり褒められているらしい。本人も、身が引き締まる感じがして、新鮮で楽しい、と言っている。お茶を点てても大して身の引き締まらない忍からすれば、むしろ羨ましい話だ。
 「どんな茶碗がいいか分からないから、忍さん、選んでね」
 「ええよ」

 という訳で。
 大人2人は、見事、イズミの予想通りの方向に流れてしまった。

***

 忍と舞が、とんでもない値段の清水焼に目を回しかけている頃。
 イズミは、目の前に広がるとんでもない光景に、目を回しかけていた。

 「……女だらけや……」
 しかも、制服姿の。

 修学旅行生だろうか、何種類かの制服が入り乱れているが、共通しているのは、それが“女”であること。私服姿もチラホラ混じってはいるのだが、それとて“女”だ。恐らく、イズミと同世代、もしくはちょっと上、最大上限でも20代半ばといったところか。
 ―――恭四郎…マジでこんな所に両親と3人で来る気でおるんか!? あいつ、ここがこんな所やって知ってるんか!?
 恭四郎の両親は、イズミのところとは逆に、中学生の親にしては高齢だ。かつての原宿、今の渋谷といった雰囲気の境内の中、浮きまくりな親子連れを想像して、イズミの両腕にぞぞぞっと鳥肌が立った。
 しかし、イズミ1人でも、浮いていることに変わりはない。
 男が全くゼロな訳ではないが、カップルではない男はイズミ1人だろう。同世代らしき少女達は、興味深そうな目でイズミの方をチラチラ見たりして、何事かを囁きあっている。何を勘違いしたのか「やった、ラッキー。さっそくご利益あったぁ」などと言ってる輩までいる。
 猫に小判、じゃなくて。
 棚からぼたもち、じゃなくて。
 ―――飛んで火に入る夏の虫?
 ピッタリな慣用句が浮かんだところで、また鳥肌が立った。イズミは、なるべく周囲の視線を無視するようにして、女だらけの境内をずんずん突き進んだ。

 神社自体は、極々普通の神社だった。
 “因幡の白兎”と関係があるとかで、妙な兎のオブジェ(とイズミは思った)があるのが変な感じはしたが、本殿などはなかなか立派で、なるほど由緒正しい神社なんだな、といった感じだ。ただし、そこにひしめいてる人間が女だらけなのが、違和感なのだが。
 例の“恋占いの石”もあった。20メートルそこそこを歩くために、なんと人が並んでいた。実は、ちょっと試してみようかな、と思っていたイズミだったが、並んでまでスイカ割りの真似事はしたくないや、と思って、即座にやめた。
 そんなことより、お守りである。
 「お守り、お守り…っと」
 目的のものを求めて、混雑の中を縫うようにして進む。最初は分からなかったが、人がひときわ集中している場所を覗き込んでみたら、まさしくそこが売り場だった。
 「す、すいません、通して下さいっ」
 群がる女性たちにペコペコと頭を下げつつ、ちょっとずつ前に進む。珍しい男性1人客ということもあって、イズミの顔を確認した客は、あたふたした様子で道を開けてくれた。

 そして、辿り着いた売り場で見たものは。
 「―――……」
 口に出すのも恥ずかしい名前のお守りの、オンパレードだった。

 ―――な…何? この“キューピッド”って! お守りの名前とちゃうやろ! いきなりカタカナかいっ! しかも…あああ、何や、この刺繍ぅぅ…。ほんまにハートのど真ん中を矢が射抜いてる絵やん。信じられへん。
 ええと、こっちのは…あ、“愛のちかい”ぃぃぃ!? 嫌や、ジンマシンになりそうや。げ、箱に“Love”って書いてある。とうとう横文字かいっ。ひえええぇ、お守りに星座が刺繍されとるのもある。ご利益あるんか? ほんまに。

 神社、というシチュエーションとはかけ離れたネーミングやデザインに、暫し言葉を失ってしまったイズミだったが、いやいや、こんなことではいかん、と首を軽く振り、真剣に吟味し始めた。
 一番オーソドックスそうなのは、縁結びのお守り“しあわせ”だった。
 が、これは即座に、却下になった。お守りにしっかり“えんむすび”と刺繍されていたのだ。こんなのを、あの2人が受け取る訳がない。
 星座も、恥ずかしいからパス。ジンマシンものの“愛のちかい”は、今の恋人との仲を長続きさせるものらしいので、ちょっと方向違い。誰かに見初めてもらいたい、という“キューピッド”は、意味の上でもデザインの上でもアウトだ。
 周囲の女性から人気があったのは、“よろこび”というお守りで、つまりは本命に出会うためのお守りだったが―――これもデザインで退いてしまった。
 ―――でっかいハートマークに、“恋”、やで? こんなもん持ってったら、母ちゃんに殴られるわ。
 却下。

 そして残ったのが―――“二人の愛”という、これまた退いてしまうネーミングのお守りだった。
 “愛が育つお守り”という触れ込みのもと、1枚の台紙に、赤と青、対になった2つのお守りが添えられている。つまり、この対になったお守りをそれぞれ持っていると、そのカップルの間に愛が育つ、というものらしい。
 「…ピッタリやん」
 しかも、ありがたいことに、そのお守りの刺繍は、超シンプルな柄に“幸”の文字だけだ。案外このお守り、縁結びであることを隠して渡すよう、最初から計算されたお守りなのかもしれない。恋する人間の計略、恐るべし。

 「あ、あのっ、これ! これ下さいっ!」
 イズミは、“二人の愛”のお守りを指差し、意気揚々と財布を背にしていたリュックから引っ張り出した。
 と、その時。

 「―――ねえ、あれ買ったわよ、あの子」
 「…ってことは、もう狙ってる女アリってことだよね。なぁんだ。声かけようと狙ってたのにぃ」

 そんなヒソヒソ話が背後から聞えて、イズミの背中に、冷や汗が一筋、流れ落ちた。

***

 イズミが待ち合わせの甘味処に行くと、忍と舞は、既に店内で白玉ぜんざいを食べていた。
 予定時刻を大幅に過ぎてから現れたイズミを、何故か舞は叱らなかった。その理由は、イズミが席につき、同じものを注文して間もなく、判明した。

 「で? どーだった? 縁結びの神様は」
 「……っ」
 バレてるっ!!!!!!
 「な、な、な、何のことやら、オレにはさっぱり、」
 「あかんで、イズミ君。あっち方向には、目ぼしいもん言うたら、それしかないやんか。もうちょい気ぃつけな、騙せへんよ」
 舞だけじゃなく、忍にもバレていた。
 動揺のあまり、知らず挙動不審になってしまうイズミだったが、続いて発せられた一言に救われた。
 「それで? 相手は誰なの? クラスメイトか何か?」
 「……えっ」
 「まさかライとか言わへんやろなぁ?」
 「あらやだ、忍さん、それはないわよ。永遠のヒーローから彼女奪うほどの度量が、イズミにある訳ないでしょ」
 「わはは、そらそうやな。ハルとやりあうには、まだまだ経験値低すぎるわ」
 「―――…」
 どうやら2人は、イズミが、自分の縁結びを祈願しに、地主神社に行ったと信じきっているらしい。
 ―――セ…セーフ…。
 心の中でだけ、ホーッ、と安堵の吐息をもらして、汗を拭う。が、それを顔に出すのはまずい。イズミは、いかにも不機嫌そうな表情を作ってみせた。
 「…そんなん、どーでもええやん」
 「あら、よくないわよぉ? もし願掛けが叶ったら、その子がイズミの“初彼女”になる訳じゃないのー。あたしにとっても他人じゃないわ」
 「他人やろがっ!」
 それやったら、忍が母ちゃんの彼氏になったら、オレと忍も他人じゃなくなるんかいっ。…と突っ込みそうになって、言葉を飲み込んだ。
 ―――…うーん…確かに、他人やないかも。
 「ま、まあ、オレのことは、こっちに置いといて」
 軽く咳払いをしたイズミは、リュックのポケットから目的のものを引っ張り出し、舞と忍それぞれの前に置いた。
 「はい、これ。オレから2人への誕生日プレゼント」
 「「えっ」」
 忍と舞の声が重なった。
 忍の前には、青いお守りが1つ。舞の前には、赤いお守りが1つ。どちらも、シンプルな柄の布地に“幸”と刺繍されている、小ぶりなお守りだった。
 「へぇー、おおきに。お守りなんて、もう何年も買ったことないわ」
 忍はあっさりそう言い、嬉しそうにお守りを手にした。舞もお守りを手に取ったが、お守りを裏返してみて、ちょっと表情を変えた。
 「…これって、地主神社のお守り?」
 「そう。けど、縁結びと違うよ。あの神社、恋愛もんばっかり人気あるみたいやけど、家内安全とか試験に受かるとか、いろいろあんねん。それは、普通の幸運のお守り」
 「…ふーん」
 信じてるのか信じてないのか、舞はお守りを、ためつすがめつ眺めている。
 勿論、疑われる可能性も、イズミは計算済みである。だから、ちゃんと手は打ってあるのだ。
 「ちなみに―――…」
 もう一度、リュックのポケットの中をごそごそと漁ったイズミは、気恥ずかしさに顔が赤らむのを感じながら、半ば自棄になったように、“それ”をテーブルの上にバン! と置いた。
 「これが、恋の成就祈願のお守りや」

 でっかいハートマークの中に、“恋”の1文字。
 本当に好きな人に出会うためのお守り、一番人気の“よろこび”だ。
 途端、舞も忍も、一斉に吹き出した。

 「な…っ、何よ、これーっ! 恥ずかしーっ!」
 「わははははは、いやー、むちゃくちゃベタやなぁ、このお守り」
 「ちょっとイズミ、あんた、マジでこれ、学校に持ってく気? 見つかったら絶対大笑いされるわよ。あはははははは」
 「ち、違うわっ! こ、これは恭四郎に頼まれた分や! オレの分と違うっ!」
 「そんなら恭四郎君が大笑いされるんやろなぁ。男がこのデザインは、ちと寒いわ。わははは」
 「白玉ぜんざい、お待たせしましたぁ〜」

 ちょうど頃合よく、大人2人が笑い転げているところに、イズミが注文した白玉ぜんざいが運ばれていた。店員の目が、テーブルの上のお守りをチラリと掠めるのに気づき、イズミは慌てて、お守りをリュックの中に戻した。
 「ああー、でも、良かった。幸運のお守りまで、ハートマーク入りじゃなくて」
 イズミの捨て身の戦法は、功を奏したようである。舞は、まだ可笑しそうに笑いながらも、そう言った。
 「ありがとね、イズミ。まさか息子から、こんなプレゼント貰う日が来るなんて、思ってもみなかったわ」
 「……」
 くしゃくしゃと、頭を撫でられる。
 罪悪感に、ほんの少しだけ、胸がチクチクと痛んだが。
 ―――いや、縁結びだって、母ちゃんの幸せを祈ってのことやから、これは立派な“幸運のお守り”や。嘘をついたことにはならへんっ。
 そう結論づけて、イズミは、ちょっと感動気味の表情の舞に、にっこりと笑ってみせた。


***


 5月13日(日)

 ミッション完了。

 目的のブツを探すのに手間取ったけど、なんとか買えた。
 帰りに気づいたけど、入り口の鳥居入ったすぐ脇に社務所があって、お守りを売ってた。あまりに女が群がってるから、来る時はそこに建物があることすら気づかなかった。無駄な苦労をさせられたなぁ。
 絵馬もチャレンジしたかったけど、周りのムードに飲まれて、買うタイミングを逃してしまった。ま、いいか。

 それにしても…縁結び神社は、怖いとこだった。
 良縁に恵まれるように、と願掛けに来る女があんなにいるなんて、思わなかった。しかも中高生ばっかり! あれじゃ、ものすごく深刻に男欲しがってる年代の女が来づらいじゃないか。ちっとは遠慮しろよ。
 第一、縁結び神社の現場で縁をゲットしようとするなんて、厚かましすぎる。
 「キミ、1人なのー?」と声かけてきた女! 鏡見てから声かけろ! オレの理想は高いんだ!
 さりげなく“二人の愛”お守りの片方をオレのリュックに入れようとした奴! そんな風に節操ないから、良縁に恵まれないんだよっ!
 恭四郎親子、マジであんな所に3人で行くのかなぁ…。まあ、面白いから、止めないけどさ。

 オレが縁結び神社行ってる間、母ちゃんと忍は、やっぱり「ちゃわん坂」行ってたようだ。
 お互いに誕生日プレゼントだって言って、抹茶飲む茶碗を買ってた。あんな苦いもんが好きだなんて、2人とも、舌がどうかしてるんじゃないか? オレにも買ってやるって言ったけど、もちろん、断った。やっぱ、茶碗よりゲームだよなぁ。

 目的地がバレてしまったので、カモフラージュのために挙げてた嵐山は、パス。代わりに、京都駅を見学した。
 中坊のオレが言うのもなんだけど、あの駅は、京都って響きに似合わなすぎると思う。よく市民団体が怒らないよな、と言ったら、もっと悪趣味な京都タワーがあるからだろう、と忍が教えてくれた。
 ミッション以外にも、色々と面白い、京都見物だった。

  さて、これでしばらくは様子見だな。
  母ちゃんと忍がこれでくっつくようなら、「ご利益あり」と判断できる。それまでは、“よろこび”お守りは、机の中にしまっておこう。
  あんな恥ずかしいお守りだもんな。ご利益の保証なしに学校に持ってくような危ない真似はしたくない。いい実験材料が身近にあってラッキーだったよなぁ。


 【一口メモ】
  恋占い石を、周りの女どもにはやしたてられて、不本意ながらやってしまった。
  全員が「こっちよ〜」と嘘ばっかり言うから、目をあけた時には、反対側の石どころか、何故か賽銭箱の前に立ってた。
  ちくしょーっ、オレが良縁に恵まれなかったら、あそこにいた全員を呪ってやるっ。


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